こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

こしのり漫遊記 その2「同じ窓から同じ景色を見てはいなかった仲間達」

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 ある年のくそ熱い夏の日のことである。当時私は冷やかし程度に学び舎に通い、腹のたるんだお肉がズボンのベルトにしっかり乗っただらしない体型のジジイ教師を相手にヘラヘラしながら学問の教えを受けていたのだ。成績こそ良かったものの生活態度のみを切り取って評価をしたのならば模範生の称号はとてももらえなかったであろう。そんな学び舎も夏休みに入りしばらくはジジイ教師の前で不躾な態度を取ることもなくなったその日のお昼、私を訪ねてきた者がいた。

 お家のピンポンが鳴って私の母が応対したのだが、その者は私が小学校の時分に私の級友だった者ということらしかった。当時の私は高等学校に上がっていて、いい感じに昔のことは忘れ始めていた。何せ人に強いられたわけでもないのに覚えることが多い身に自ら追い遣っていたために無駄なことを覚えている暇がなかったのだ。私が人の名前を覚えないのは私の周りの人間のみが認める私の短所であるらしい。そのくせ、小学校の社会科の授業で木戸孝允の写真を教師が指して「これ、誰でしょう?」と問うた時30人ばかりの私の級友の誰一人答えられなかったのを唯一人私だけはズバリと言い当てるということをしたことがあった。教師は教師だから先ずは私を褒めたのが次には「友達の名前も覚えてくれたらなぁ」と言った。まぁ貴様らが木戸孝允に匹敵するだけ記憶に留めておく価値があるのかどうか、そこが問題なんだな。

 私の部屋は家の二階にあった。母は階段下から「~君がおいでですよ。」と大きな声をする。日本女性が大きな声をするものじゃありません。いつか私のお祖母ちゃんがそう言っていたので私は母のこの少々お転婆な行動を注意してやりたかった。しかし母のことは人間として大変好きであったので大らかな私は文句を口にすることは無かったのだ。

 母の言った「~君」というのがその当時ですらよく覚えていなかったし、先程5分ばかし思い返してみたのだが今でもやっぱり覚えていない。彼はやはり木戸孝允に匹敵するだけの人物では無かったとわかる。彼が尋ねて来たその時、私はとにかく階段を下りて彼を相手にするのが嫌であった。その理由というのが当時古本屋の大売り出しで購入した「GTO」という漫画(全巻セット)を読んでいたからだ。申し訳ないが彼と会う時間があれば是非こちらの漫画を読む時間にあてたい。そういった明確な筋の通った理由があったので私は何も憚ることなく母にこう言った。「今居ないって言って~」

 失敗した。階段の下は玄関のすぐ側だ。母に私の声が届いたなら同時に名を覚えていない何々君にも私の声が届いていたのだ。私には私の都合があってのことだが、この傍目には無礼千万としか思えない私の言動に母は大変お怒りになった。私は渋々GTOに栞を挟んで重い足取りで階段を下った。「2分だ。それ以上の時間は彼にはやれない。鬼塚先生(GTOの主人公)が私の帰りを待っている。」そう思い訪ねてきた彼の用件を早急に聞くことにした。

 用件はなんとも簡単であった。夏休みを利用して同窓会をするから参加の有無を確認しに来たとのことであった。彼の言葉を聞いて「なんだ、そんな簡単なことなら手紙でも電話でもして済ませればよいではないか、そうすれば母に怒られずに済んだし私の時間を無駄にすることはなかったのに」と思って「うん、行かない」と答えが出るまで0.5秒とかからなかった。私は謹んでお断りして彼にさっさと帰ってもらうようにことを進めにかかった。

 奥へ下がったと思わせといて陰から私と彼とのやり取りを聞き耳を立てて伺っていた母は私の態度にまたご立腹なさった。何やらよくわからないことをいくつかほざいてたが「参加しなさい」ということを私に言ったのはわかった。

 私は彼には根絶丁寧な応対をした。行かないなら行かないで謹んでお断りをするのが礼儀ではないか、とか言っても一度は居留守をかまそうとした前科があるのだが、それは置いといて私の断り方にはどこも失礼はなかったはずだ。この暑い中、頼みもしないのにわざわざ私の邪魔をし、母を怒らせるトリガーを引きに我が家に来た彼にはご苦労であったろうと労ってやる気持ちもわずかばかりはあったのだ。このババアは、居留守を使ったことを反省して以降の私の丁寧な態度のどこに怒るところがあったというだろう。

 名も知らぬかつての級友の彼を前にして母が怒鳴っていた時には私と鬼塚先生との間で約束したリミットの2分をとっくに過ぎていた。私もそして彼も困ってしまっていた。玄関での騒ぎを聞きつけて家で暇をしていた私の父も出て来た。分けを聞くと父も「なんで行かないんだ。」と私を問い詰める。阿呆でもわかるほど根絶丁寧に私の時間の裂けない理由=読書、それもGTOのことを話した。

 私は父も母も人間として好きであるし、ある程度の尊敬の念も有している。彼らは根は良い人間だが少々お頭のほうがよろしくなく私の言葉を聞いても何も納得しない。父の言葉を今でも覚えている。「お前のような者をわざわざ誘ってくださったのにせっかくの好意を無下にするものでない」このように言ったわけである。父よ私を一体何だと思っているのだ。

 とにかく両親が怒鳴り出てきて私はほとほと困ってしまったし、加えて我ら三人を前に額から汗を流し玄関に突っ立っている彼も益々困った顔になっていた。あれは気の毒であった。

 両親を黙らせるため、そして誘いに来た彼の顔を立てるためという気の良い私の気持ちも手伝って貴重な夏休みを行きたくも無かった同窓会にあてるということになった。

 記憶に無いかつての学友達が10人か15人か集まって汚い料理屋でまずい飯を囲んで冴えない交流の場を過ごした。この集まりのことについては参加するまでの面倒があったことの記憶が濃く残り、集まり自体については特に思い出がない。

 なにやら理不尽に時間を強奪されたようで私はモヤモヤとした思いを抱いたある夏の日のことであった。それ以降、私は同窓会というものには一切参加していない。先のような面倒があったので級友の誰も家を訪ねて来ることは無くなり今ではすっかり平和である。そんな私は今「最強伝説 黒沢」というどうしようもない中年のおじさんが主人公の漫画を読んでいる。