こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

歪な愛の形を物語る「痴人の愛」

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痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

 

 ずばりタイトルの通りの痴人による不思議な愛のお話であった。

 主人公の河合譲治がカフェで働く15歳の娘を気に入ったから引き取って養育しよう、そしてあわよくば嫁にとろうというそもそも突飛な野望の持ち主であるからこの段階でなかなかの変人だと疑ってかかった。話が進むにつれて徐々に譲治さんのアブノーマルな面が表出するのがおもしろい。私にはエンターテイメント性を感じさせる、変態性を帯びるマゾヒスティック&エキサイティングな河合譲治の愛の告白であると思われた。

 15歳の娘っ子のナオミは決して円満な家庭で育ったわけではない。自分よりも13歳年上のおじさんに引き取られるのに何ら躊躇なくついて行こうとするし、家族の方も面倒を見てくれるなら助かるくらいで簡単に見送りをはじめる。なんと愛情の薄い家庭であろうかと思った。

 ナオミは譲治さんに感謝するべき立場だと思えるのに引き取られてからは贅沢三昧をしまくり新しい洋服を次々ねだるし、自分で洗濯せずにクリーニング屋に全て洗わせるし、飯は高い外食ばかり取って金食い虫となって行く。譲治はナオミに惚れていて可愛いもんだからとことんまで甘やかしていくらでも金を貢ぐのだ。譲治がなまじ稼ぎが良くて金が残っているからナオミが調子ずくことになる。図太い女だと思って中盤くらいからはナオミに腹がたってくる。

 ナオミは譲治と夫婦の契りを交わした後になって、次から次へと男と関係を持っていたことが明らかになり堕落極まる姦婦と成り下がる。ナオミが手練手管の限りを尽くし譲治をはじめ多くの男をたらしこんで懐柔する手際の良さには感心さえする。とんだ阿婆擦れであるが非常に頭が切れ、姦計を巡らす機知に富んだつわものであることは間違いない。

 譲治にとってはかつては幼子程度に思っていたナオミは成長するにつれて心は邪悪になり体は非常に美しくなっていき譲治はナオミの美しさの前に屈服する形になる。

 譲治はナオミが多くの男と関係を持ったことを知ってからナオミを家から追い出して一旦は縁を切る。しかし図々しいことにナオミは度々譲治の家に遊びに来て、いつの間にか譲治を絡め取るようにして手なづけてしまう。ナオミの美しさの前には多くのことは目を瞑ることにして譲治はまたナオミに貢ぐ愛の奴隷と化してしまって話は終わる。

 ナオミに対して怒りを覚えて、ナオミが汚らわしい女だと思いながらもナオミの美しさの前ではそんな感情も薄れて譲治はナオミが側にいれば後は何でもいいといった具合に言いなりになっていく過程が実に細やかに書かれている。そこに行き着くまでの譲治、ナオミそれぞれの心理描写はすばらしい。ナオミに腹が立つ部分もあるが、確かに可愛く魅力的に感じる描写もあるのでやはり女は危険だと教訓になる。

 ナオミが登場して活躍するシーンを読んでいて私の心に黒々しい穏やかでない感情が芽生えるため、ナオミに弄ばれた者同士として、譲治と浜田が馴れ合って飯屋で会合するナオミ抜きのシーンがすごく平和な画として思い浮かべられる。

 客観的に見れば譲治が身を持ち崩す不幸話に捕らえれられるが譲治の方ではそこらへんの自覚を持ちその上で真剣にナオミを愛しているので結果的には幸せな夫婦ということになる。男女の付き合い方、そこから生まれる形というのには様々なものがあるのだとわかった。ナオミとお馬さんごっこをする譲治は本当に幸せそうだと思えた。

 こういう男を虜にする程の別嬪さんに会い、倒錯するかのような愛情に溺れるのはある種心地良いものなのかもしれない。理性を失うほどに女を愛する幸せを感じた譲治はラッキーなのかもしれないとも思えて単純に痴人であるといって指を刺して笑うことはできない。何にせよ女は場合によっては危険ということ、これだけは心に留めておこう。譲治みたいにたらしこまされたら敵わない。