こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

こしのり漫遊記 その3「17番目の女 皐月(上)」

  

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 これは私の人生における唾棄すべき9年間、横に=(イコール)を置いて義務教育を受けていた時分のお話である。

 この話をするにあたって、まず何に置いても最初に知っておかないといけない人物がいる。それは私の小学校の同級生の皐月という女子である。この皐月と言う名前だが元々は私の付けた彼女のあだ名だったのだが、後にこれは本名になる。というと順番がおかしいようだが、もっと正確に言うと彼女は生まれた段階からきっちりしっかり皐月という名前だったのだ。そこへ彼女の本名を知る前の私が皐月とあだ名をつけたところ偶然にも私の命名したものと彼女の両親の命名したものが全くもって同じだったということなのだ。こいつはなんという偶然であろうか。この妙な組み合わせの一致する確立は天文学的数値のそれではなかろうか。どこかに数学博士でもいればそこらへんの数値を叩き出してもらいたいものだ。・・・無駄なしゃべりが過ぎたな。

 私のネーミングセンスでどうして皐月なんてことになったかと言うことを明らかにしておこう。私は元々虐めの範囲を避けてのあだ名付けの名人だったのだ。何故そんなことで名人となるまでになったかというと本名よりそっちの方が覚えやすかったからだ。私は人の名前を間違えて呼ぶことがしばしばあった。これについてはまず相手に失礼だし、次にどうゆうわけだか他では感じられない独特の恥ずかしさが私を襲うという二点から誰にとっても楽しいものではない。

 私の学級では女子が25人いた。これをうまいことして覚える素敵なアイデアがある日の給食の時間に浮かんだのだ。

 チェスタトンの「木曜日だった男」という小説では謎の組織の構成員七人それぞれに日曜日から土曜日までの七曜の内の一つをコードネームとして割り当てたことを思い出した。ここには25人いる。私は「日」でなく「月」を使って25人それぞれを名付けることにした。学級の机に腰掛ける女子に片端から1月~12月の名を与える。ここまでは良い。残りの13人をどうするか、それは私の知恵の役立つ所である。ここからは月の陰暦名称を用いて13人目を睦月として師走の24人目までを名付けることができる。しかし頭数は25で一人残るでないか、そこも知恵の使いどころで一年を数えて一日あまった最後のコイツは閏年からヒントを得て「うるう」と命名した。さぁ、これで完璧だ。なんともオシャレ感漂う25人衆がここにが誕生したのだ。

 席順で覚えるからどれがどの月の名を背負う女子か私はしっかり覚えていた。しかし、少々問題があった。13人目からはまだしも前半の12人は数字なので、私が彼女らを月(がつ)の発音を抜いて数字のみで呼んだら、「数字で呼んでくる」と教師にチクられて後日呼び出しをくらって少々のお説教を受けた。老教師の言うことは「人を番号で呼ぶなんてそんな壁の中で暮らす囚人のような扱いをしてはいけません。」とのことであった。しかし、教師よ、このなにかと規則にうるさく自由の少ない義務教育という名のある意味壁で覆われた世界で暮らす私の鬱屈とした日々は徒刑囚のそれと近しいものがあるではないかと心の中で思った。

 そんなわけで私が勝手に名前をつけた女子たちの内の最初から数えて17番目の女、それが皐月であったのだ。この皐月という女は私と家へ帰る方向が同じだったので女子共の中でも一番私と交流があったのだ。      

 

つづく