こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

こしのり漫遊記 その5「ジジイの青春の終わる時(上)」

 

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あれは私が中学の2年か3年の時である。

 当時の私は青春と小遣いの全てを賭けても「タイムスリップグリコ」のオマケ集めを成し遂げたかったのである。このグリコは従来のグリコとは違ってオマケがマジなんだな。こんなことを言ったらグリコの人に怒られるかもしれないが通常のグリコのオマケがガラクタに思えるほどにタイムスリップグリコのオマケは出来が良く、そして何より一人の少年の心をワクワクさせるものであったのだ。あくまで私独自の解釈であるので通常版のグリコ信者の方々はどうか私を攻めないで欲しい。

 タイムスリップと表記のある通りオマケはレトロなフィギュアであった。例をあげると大昔の車とか、大昔の家電とかである。しかし私のようなガキの小遣いで数多い種類のコンプリートが叶うわけもない。私が狙っていたのはそのレトロなオマケの内のウルトラマンのフィギュアのみであった。何を隠そう私はウルトラマン好きなのだ。このオマケの出来が本当に良くて喉から手どころか足まで出てきそうな程欲しかったのである。

 そんなウルトラマンフィギュアを狙って、隣町のコンビニに目的地を定めた私の足はコンクリートをご機嫌に叩いていたのである。その日は頼みもしないのに母が突然買ってきたシューズを履いて出かけていたのだ。隣町は歩いて行くのには少々遠いので普段なら自転車を使うところだ。しかし、新しい靴を履いたら分けも無くそこらを歩き回りたくなる。漫遊の血が騒ぐ。新しい靴とこういった感情が結びつくのは私だけであろうか。同感頂ける者は是非挙手をお願いしたい。

 新しい靴の不思議な力が働いて距離がそこそこあるにも関わらず私は歩いて隣町のコンビニを目指すことになった。そんなに頻繁に来る所ではないし、来るとしても自転車を飛ばして来るので歩きのゆっくりとしたスピードで隣町の景色を見ると新たな発見に気づいた。例えば、自転車の速さでは絶対に読むことがなかったであろう隣町の知らない人の家の表札がそうである。表札には多分そこの家の子供と思われる名が三人分ならんでいた。縦書きで「ゆうま」「かんた」「まこと」という名前が隣り合って表記されていた。これの何が発見なのかと言うと、三人の名前の二文字目を横に繋げて読むと「うんこ」になっているのだ。汚くて幼稚で馬鹿げた発想とは思ったが狙わずもなんだかコントな名前の並びになっていたので「ププッ」と笑ってしまった。これに気づいたのは私以外にいるのだろうかと思った。他にはそれまで民家としか思ってなかった場所が実は定食屋だとわかったことなどである。

 そうして新しい発見に胸をときめかせながら歩を進めて行く中で、別に発見する必要の無かった発見が向こうからわざわざ迫って来た。それが隣町に住むおかしな一人のジジイなのである。そのジジイは自分の家の前にションボリして涙を浮かべて立っていた。私は面倒事に首を突っ込むのは御免なので目を合わせず進もうとした。するとジジイは「おいおい、そこの若いの」と言葉を発した。そう、当時の私は若さの塊であった。フルマラソンでも走れただろう、トライアスロンだって目じゃ無かったであろうと思えるくらいに若さと体力が満ち溢れては有り余っていた。この広き町に私と同じく「若いの」と称される者、それはごまんといるであろう。よってこのジジイが声をかけたのはきっと私ではない。私以外のよその「若いの」のことである。前に向けたこの顔、この目を決して言葉が聞こえた方へ動かしてはいけない。私は妙な緊張感の中で以上のことを考えた。そして考え終えたその時、私はジジイにポンと肩を叩かれた。そこは閑散とした通りで私とジジイを除いて誰もいなかった。

 「おい、聞こえんのか若いの。」とジジイ。私は「ええ、聞こえていたとも。しかしそれが何か?聞こえたからと言って返事をするかしないか、それは私の自由だ。」と言い返してやりたかったが、その言葉は喉の奥にしまって置くことにした。絡まれてしまったからにはもう仕方ない。腹をくくろう。向こうの用件をさっさと聞いてこの場を後にするのだ。私はこういった場合においては頭の切り替えが実に早かった。これは自分の長所であると思える。

 普段、食い物の賞味期限を差ほど気にしないこの私でも、若さの期限には敏感である。若さ、食い物と違ってこの若さ程「有限」であると感じる物はそうはない。私の若さは貴重な物であって、ここで無駄には使えない。そう、私には時間が無いのだ。

 私は、心中穏やかでない状態であったが何の用で急ぐ私を止めたのかという問いを懇切丁寧に切り出した。

 ジジイはどこかを指さす。私はその指先が示す場所がこの町の学校であると理解する。「お前さんもあれを見にきたんだろう?」とジジイは言う。私は、これはどうゆうことだろうかと考え込む。学校など見にくる用事はない。

 続けてジジイ「お前さんもスケベな面をしとる」と一言、私は急に何を言うのだと思い益々困惑する。

 「今日で見納めじゃ、焼きつけるんじゃで・・・」と目の前の怪人物はまたまた謎なことを言う。こうなっては謎を解かなければ、私が先を急ぐのは変わらないがこの謎をここに残してはおけない。私は学問においてもわからないことはそのままにせずしっかりきっちり理解して進むことにしているのだ。これが成績上位者の心得と言うものだよ。なに、鼻にかける程の事ではない。当然さ。

 そうして私の謎解きは始まる。真実はいつも一つなのだと証明するために。

 

 つづく