こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

こしのり漫遊記 その7「はじめてのチュウ ~私と栄子とのあれこれ~(上)」

 

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 ある日の夕方、私は私のことを必要以上に猫可愛がりする祖母にを頼まれて商店街で買い物をしていた。

 その日は何を買ったか今では覚えていないが恐らく野菜か果物かそこらだろう。

 私は買いもしないのに魚屋で魚を見るのが大好きであった。まだ生きている魚や蟹等を見るとテンションが上がった。

 商人達の飛ばす弁舌爽やかな宣伝文句やその商人に負けず言葉巧みに値切り交渉をする奥様連中などを見るといかにも人の生を謳歌している感じがする。彼らの目に活き活きとした生を感じるのだ。矛盾した話だが、若くてまだ生きているのにも係わらず死んだような人生を送っている人を私は何人か見てきたことがある。私はそれを「負の生」と勝手に名づけているが、見ても沈鬱になるそういった負の生はここにはない。活気がある商店街の空気が私は好きなのだ。

 私は、買い物を終えて帰る頃に小腹が空いたため、買い物袋から先程自分用に買った竹輪を取り出して齧った。祖母が欲しい物があったら買っても良いと言って多めに金を持たしている。普通ならここで小洒落た菓子とかパンを買って頬張りながら帰るのだと思うけど私は竹輪である。菓子やパンは少々お高めなのである。比べて竹輪というのは値段が張らない割りにおいしいし菓子やパンより腹も膨れる。太いのが二本はいっているので一本は帰り道で食って残りはまた次のおやつに回せる。なんとお得な買い物なんだ。

 おいしい竹輪をパクつきながら歩いて帰る途中、といってもまだ商店街アーケードを抜けもしない早い地点なのだが、そこで犬を連れた少女に遭遇した。少女は私の級友で名前は覚えていないのでここからは少女Aと表記しよう、と思ったがシフトキーを押してAの文字を打ち込むのも面倒なので私の都合の良いように「A」を「栄」の字に置き変えて「栄子」と名づけることにしよう。こうして少女Aは栄子とあだ名されたわけである。

 犬の散歩中の栄子が気安く私に話しかけて来た。栄子が連れている小さい犬を見て、私はこの犬は何という犬種だろうかと疑問に思って栄子に聞いてみると「マルチーズ」と言うのだとわかった。こいつは可愛い。思わず撫でたくなる。普段から仏頂面とまではいかないが、かといってニヤニヤニコニコして笑顔が目立つ人間でもなかった私がこのマルチーズ犬を目にするとその可愛さのために思わず相好を崩すことになる。

 私はしゃがんで片膝を付いてマルチーズの頭を撫でた。触り心地の良い頭だ。マジで可愛い。

 私が犬を前に表情を緩めて油断しきっていたその瞬間、マルチーズが私の顔目掛けて飛び込んできた。全ては遅かった。私が口に加えていた竹輪の逆方向をガブリと行かれた。私はここで兵士(ソルジャー)の勘が働く。やられる!

 齧られたことは仕方ない。この犬はただでさえ人の竹輪の端を食っておきながら続いて自分の口のなかに引き入れるようにしてまだ竹輪の残りをガブガブやっている。私が買い物の任をこなして得た報酬をこの犬にタダでくれてやるいわれは無い。私も奴同様に上からガブガブ竹輪を食い進めていく。こうなっては時間の勝負だ。竹輪の上からは私の、下からは犬の口がどんどん竹輪の残りを飲んでいく。

 私と奴の唇が徐々に近づいていくと同時に竹輪はこの世からの消滅を進めていく。私は長い竹輪の例え1mmでもコイツにやりたくないのだ。だから私は一歩も引かない。竹輪が全て無くなるその時までこの口の動きは慣性の法則の下で同じ運動を繰りかえす。

 犬畜生でありながらその貪欲なまでの竹輪への執着は奴も同じであった。お互いが一歩たりとも引かなかった竹輪を賭けての激戦の結果、私と犬はチュウをすることになった。ポッキーゲームならぬ竹輪ゲームとなった。この時、私の頭の中ではディズニー作品の「わんわん物語」の有名なシーンでが浮かび上がっていた。そのシーンというのが二匹の犬が一緒にスパゲティを食ったら二匹共同じ一本を啜っていたため最後にはチュウをしてしまうといったものである。私の大好きなシーンであると共にアニメ史に残る名シーンである。

 それまで外野も外野を極めていた私の宿敵の飼い主栄子は、我々のチュウを見てからリードを持っていない方の片手を口にあてて「まあ!」と驚きの一声をあげた。私のファーストキスであった。

 

つづく