こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

楽しい大冒険だけでない深い紀行文「ガリバー旅行記」

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 このガリバー氏による愉快な冒険紀行文は数多く映像作品化されているため原作本は読まないがお話は知っている、聞いたことがあるという人は世の中にいくらでもいることであろう。私も今回始めて手にとったが、本作のことを始めて知ったのは大昔の白黒アニメでやったミッキーマウス版のガリバー旅行記である。ミッキーが小人共に包囲されて攻撃を受けるというあのシーンは印象深い。もう少し大きくなってから見たのがレイ・ハリーハウゼンのストップモーションアニメーションが冴える「ガリバーの大冒険」という実写映画である。どちらも楽しい作品だった。

 そして原作である。映像作品では小人の王国リリパットでのわくわくする不思議冒険が印象的であるが、あれはあくまで物語の一部分であって、原作の方は話が長くただ摩訶不思議なおもしろ要素のみの軽い内容ではなかった。映像作品では子供向けのイメージがあったし現に子供の頃に見て楽しんだ物語であったが原作はとても子供向けの読み物ではなかった。

 

ガリバー旅行記 (角川文庫)

ガリバー旅行記 (角川文庫)

 

 

 

 冒険狂のガリバーはまずは小人王国リリパットに迷い込み、お次は逆に巨人族の国ブロブディンナグ、更にもっと不思議な天空に浮かぶ国ラピュータへとステージを進めて行き、その後も地図で確認されないようなわけのわからない所へ行き着くことになる。なんと我らの住むこの日本国にもちょっぴりだけ寄ったのだ。この小国にも有名なガリバーさんが来たなんて誇らしいではないか。ラストは喋る賢い馬が統治するフウイヌム王国を訪れて冒険は幕を下ろす。

 

 摩訶不思議で奇想天外、荒唐無稽のワケワカメな珍道中を綴った一作だが、まるで本当に見てきたかのごとくに語る設定などの作りの細かさ、そして冒険と絡めてのガリバーによる世相をぶった切るような辛辣な風刺は一見の価値あり。後半は社会に対しての不満がかなり詰まった内容となっている。

 リリパットの小人達と我らのような人間とはやはり価値観がはっきりと違う。特に印象的なのがリリパットでの子供を作ること、教育することの価値観が普通の人間の考えとは思えないようなものであった。子供の教育のことには厳しい制度を敷いている国だ。小人同士間で戦争をしているのだが、その理由が卵を割る際に底の平たい部分で割るか、先の尖った方から割るかという実に下らない理由である。下らない争いほど長引く結果となり、後々根が深くなってゆくということを作品内で語っている。このリリパット編ではお城の火事をガリバーの小便で消すというシーンが印象的であった。

 巨人国ブロブディンナグでは我々が普段見ている物を全て超アップで見た風景が「こんなのだ」ということをわかりやすく描写している。気持ち悪いし恐ろしいのは、蜘蛛、鼠、そして蛙などの小さい生き物をアップで見た描写である。蛙はアップでみると体中を粘つく膜で覆いマジでグロくて恐ろしいらしい。

 この巨人編でのショッキングな事が人間の、中でも女性に対する感想である。ガリバー氏が体験したところによると、男性諸君あこがれの女性の裸体をドアップで見ると醜悪そのものであるらしい。ちょっとここに書き連ねるのも億劫なので詳しいことは言わないでおこう。まあ、ああいったものは自分と同じサイズ感で見るから良いものなのである。チビから見た巨人のそれでは興ざめもいいところらしい。そして嗅覚というのもそのサイズにあったものが備えられているらしく、小さい者が大きい者の体臭を嗅げばその臭気も倍増で大変にヤバ臭いらしい。ガリバーは巨人の臭いを強く感じすぎるためこの国ではやりづらかったようである。巨人に憧れる人がいればきっと幻滅であったろう。小人国にいる間、現地では巨人扱いを受けるガリバーもやはり小人から普通以上に匂うと指摘されたとある。

 後編からこいつはおかしいなと思うのが、ガリバーが政治などに対する不満をそれとなく物語に絡めて喋る。最後のフウイヌム国では冒険の話よりもその国の王様にガリバーが自国の愚かさをユーモアも含めて語っていくシーンがほとんどでこれは子供に読ませられない。政治家、法律家、医者などのあくまで一般的には高学歴だったりエリートだったりと思われる地位の人間をくそみそにディスっている。この悪口を長ったらしく語る部分は少々退屈も感じるが、シニカル&ユーモラスなディスリがどこか楽しい感じもした。また、フウイヌム国では馬が最も賢く、高潔で誇り高い生物で他にはヤフーと呼ばれる見た目が人間のような知性も無い犬畜生以下の下卑た生物がいる。ガリバーはこのヤフーに人間の醜さ愚かさがたっぷりつまっているのを感じ取り、それに比べてここの馬達の高潔さはあっぱれだと彼らに心酔し、果てには人間を疎んじてこの馬の国で暮らそうとさえする。

 願い叶わず強制的に自国に帰ることになったガリバーはヤフーを見たせいで故郷の人間達も醜悪な生物と認識するようになって我が妻と子供までもまともに見られなくなる。快活な冒険者だった彼が冒険の末にこんな厭世的な世捨て人のようになってしまって物語はエンドを迎えた。

 前半だけなら楽しい冒険物の児童文学としていけるが、後半はよろしくない。しかしガリバーの社会批判は御もっともな点も確かにあり、よく考察が出来ているとも思える。この部分を実際に政治家や弁護士が読むと胸が痛いだろうなと思う。楽しい幻想の物語に酔いしれた後にリアルの実態に幻滅するという積み立てては崩すというような二重構造だと私は感じた。これを読んで架空にもリアルにも深入りしすぎずに、良い距離感を保って楽しく生きようと私独自の感想が浮かんだ。

 私の先輩にあたるまさに漫遊の人そのもののガリバーによるためになる物語であった。