こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

不思議でユーモラスな短編集「檸檬」

 

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 檸檬(れもん)、私の大好きな黄金の果実だ。何の話か全く知らない作品だったが「ただ檸檬が好きなので」という理由で手に取った。しかし、これは軽い気持ちで読める簡単な本ではなかった。難解な文体、独特な心理描写、不思議でオカルティックな要素も含む一筋縄でいかない一冊だった。

 表題の「檸檬」の他に以下の短編が修められている。

 「城のある街にて」「雪後」「Kの昇天」「冬の日」「桜の樹の下には」「冬の蠅」「ある崖上の感情」「闇の絵巻」「交尾」「のんきな患者」「瀬山の話」「海」「温泉」 

檸檬 (角川文庫)

檸檬 (角川文庫)

 

 表題の「檸檬」がどんな話かというと主人公が散歩がてら立ち寄った八百屋で檸檬を買ってその後丸善の本売り場へ行き、そこへ檸檬を置いて帰ってくるというお話である。人に説明したら「なにソレ!本にする話か?」と突っ込まれそうだ。

 はっきり言って全編に渡って難解な文体が用いられてぼぅ~として読んでいると分けが分からなくなってすぐに文章の迷子になってしまう。

 「檸檬」を含め他の短編でも外面的に起こった出来事はこれっぽっちで、後の多くは主人公の内面世界を描写するのがほとんである。人の内側の心理の世界となると風景などのように映像的に想像できないので集中して読まないと理解に苦しむ。

 作者の独特な言い回し、例え表現が私には難しくて「何を言っているんだ」と思ってしまう箇所にしばしばぶつかる。かなりつっこんだ心理描写をするのを読んで作者は表現力があり、とにかく感受性が豊かなのだとわかる。

 レモンという果実を見たことがない奴に説明するごとくに、ただ黄色の丸い果物をなんとも細やかに描写し形質が想像できる程であった。レモンの説明箇所が一番好きだった。私はレモンが大好きなだけにレモンをこうまで詳しく鮮やかに表現されると嬉しい。

 風景の表現も活き活きと書き込んである。特に「城のある町にて」では主人公が感じ取った自然が鮮明に描かれていると感じる。

 収録作品の主人公は病気持ちの奴ばかりである。何かの話できいたが自然の美しさを真に理解できるのは死に瀕した者であるとのことなので病にかかった主人公にこそ自然が美しく感じられるのかもしれないと勝手に想像している。

 「瀬山の話」の後半部分では文章が暴走していて特に難解だった。文字を読んでいてこんな不思議な気持ちになったのは久しぶりで、夢野久作を読んだ時を思い出した。

 桜の樹の下には」ではよく聞くフレーズの「桜の樹の下には屍体が埋まっている」が冒頭に表記されている。これが元ネタか。最近では「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」なんていう似たようなタイトルのアニメがあったし実写もやったね。

 結果としてこれが「おもしろい」のか「おもしろくない」のかというとそういう次元の話では無いということ。正直にいうと全体的に「良くわからん」。しかし不思議なことに最後まで読み進めてしまった。

 話の筋を楽しむでなく「何か不思議なユーモアを感じ取ることができればそれで良い」という抽象も甚だしい感想が浮かんだ本だった。

 読み終わった今はレモンをたっぷり絞ったコーラが飲みたい。