こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

過酷な農民の生活を知る「土」

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土 (新潮文庫)

土 (新潮文庫)

 

 舞台は明治時代の茨城県の農村。当時の農民の暮らしをリアルに書き綴った作品である。大昔のしかも都会でない田舎の暮らしを知れる貴重な本である。現代の余計なまでに文明の発展した日本に生きる現代人の私からしたら当時の生活があまりにもアナクロ過ぎてカルチャーショックであった。パソコン、テレビが無いのはもちろんのこと電気すら来ていないのだから当時の暮らしの不自由さは想像を絶する。文明は後戻り出来ないとどこかで聞いたがその通りで、この「土」のような暮らしは現代人には耐えられないだろう。

 

 主な登場人物として貧しい農民の勘次一家にスポットを当てているが、この本は物語を読むというにはあまりに筋が無い。ただリアルにまるで日記を書くがごとく当時の農民達の暮らし、四季の移り変わる様、村の行事などをこと細かに記している。よって物語的に言うとおもしろくはない。どっちかというと史書を読んでいるような想いで約350ページあるこの本に目を通した。正直に言うと古い本ゆえ理解できないところもあり、ドラマティックな内容でもないので途中で読むのがつらいというか面倒というかなんだか心が負けてしまいそうな時もあった。そこは使命感的な物も働いてなんとか最後まで読みぬいた。そうして自らにムチを打って読破しただけの価値は持っている作品と私なりに評価しておく。

 

 序盤では勘次の嫁のお品、序盤から最後までは全体的に勘次、後半はお品の父であるる卯平視点で物語が綴られている。最初に登場するお品が早々に病死して物語から退場し、残った夫の勘次、娘のおつぎ、息子の与吉での三人暮らしになる。

 農民は暗いから暗いまで働くと書かれていてかなり長時間の激務に耐えて日々生活しているのがわかる。早くに母に死なれて遊びに色恋沙汰に目を向ける暇無く畑仕事に従事する若い娘のおつぎの姿を思うと胸が痛む。

 勘次にとって娘のおつぎは妻の代わりに家庭の仕事をすれば畑仕事もする無くてはならない相棒にして労働力でおつぎ無しでは仕事に手が回りきらない状況である。そのためか少々行き過ぎた支配力でおつぎを束縛するのが痛い光景である。おつぎの友人関係、特に男に関してはかなり厳しい目を光らせている。嫌な親父だぜ。

 

 娘の助けを必須とする程勘次の仕事には余裕が無い。勘次は生活に困窮して他所の家の作物や釜にくべる木材を盗んだりまでする。危うく巡査に引っ張られてお縄にかけられそうになったところを被害者側に訴えを取り下げてもらうお情けをもらったりしてかなり危ない綱渡り人生を歩むことになる。朝から晩までの激務をしても生活にこれだけ余裕が無いので農村の人々が一日を生きて行くのがいかに困難であるかがわかる。

 

 後半ではただでさえ日々の生活が困難な上に勘次と舅の卯平との間の不和が描かれる。どの時代のどこであろうと家庭内のこの手の問題はきっとあるものだとわかる。

 終盤で卯平と与吉が家で火にあたっていたら火が広がって大火事になり家が全焼してしまう。家が燃えるなんてことを自分のこととして考えたらもう絶望的で考えただけでぞっとした。農村の人々の近所付き合いは結びつきが強くこういう事故の場合も近所で助け合って乗り越えていく、人間関係が希薄な現代日本では見られない光景であろう。仮に私の隣の家が燃えても知らない人なので特に何もしないだろう。まず関わりたくないと思う。

 

 当時の農村を観察し生きてきた者でなければ書けない程にリアルな描写をする本だと思った。とくに四季それぞれの自然のありように対してはこと細かな描写がある。

 登場人物は当時の茨城県のかなりくせのある方言を話すので文字を読んでも何を言っているのかわからない所もあったりするが、そういう部分も含めて古き日本を知るということができた本であった。

 末尾の解説部分を読めば夏目漱石が本作を絶賛しているということがわかった。

 漱石同様に私も便利な現代生活に甘えきった若者にこそ読ませたい本だと感じた。