こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

こしのり漫遊記 その17「こしのり教壇に立つ(下)」

 

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 もう一生くぐることは無かろうと卒業の時に信じて疑わなかった(と言っても卒業式のこともたいして覚えていないのだが、恐らく当時の私はそう思ったであろう)我が母校の校門をこうしてまたくぐることになった原因は先週までここで元気に働いていた教師が盲腸で入院したからであった。全く困った話である。

 仮にも教員免許状を保持するなら教育実習に行かなくてはならない。私が学生の時分にも当然これを行っている。私の通っていた大学では原則として自分の母校である高等学校へ実習に行くことになっている。そういうことなら私の実習先はもちろん憂鬱な気分で今しがた校門をくぐった先にあるこの高校であって然るべきなのだが、私はここへは卒業以来一度も訪れてはいない。そのカラクリを明らかにしておこう。

 結果を言うと私はここではない他所の高校で教育実習を行った。実習先の申し込みをする際にどうせなら母校でない違う学校の方が新鮮で良いと思ったし唾棄すべき青春の三年間を過したこの浮上の地をわざわざ再び訪れることはないと思った私は、大学の担任教師に母校では実習の受け入れを断られたので他を探すと申し込みの電話もしていないのに嘘の報告を入れておいた。そして私が選んだのは実家から母校までとほぼ同じ距離であって場所が全くの正反対に位置する我が母校よりも諸々の点において上質な高校で実習を行ったのだ。根っからの策士である私のとった素敵な策がこれであった。

 久しぶりに訪れた教室は驚く程に久しぶり感がしなかった。子供の数に対して部屋が狭いという印象しかもう残っていない。私はこの学校に通って特別嫌な思いをしたわけでもなければ良い思いもしなかった。そういうわけでここでの生活は本当にどうでもいい思い出だった。だからこんなにも記憶に残っていないのだと思う。

 高校生という人生の中でも特別な時期にあたる生物を見るのすら久しい気がした。学生服を身に纏った私よりもうんと若い彼らはどうゆわけか私よりも生命の灯が弱く小さいように思える。というのも単純にすごく疲れた老け顔の奴が多いからである。それは男女問わずに言えることで下手をすると私よりもおっさん、おばさんに見える奴もいた。老けているのは老けているがやはり年齢に偽り無く皆平等に尻の青いガキなのでその老け顔には貫禄は無くただ老けているのみである。そこは物の真理がきっちりと写されている。

 かったるい自己紹介は30秒程で終えた。いきなり私一人で教室に立つなんてのは無いので私の父くらいの歳のおじさん教師が私の監督についた。私があまりに淡白な登場をしたのでそのおじさん先生が気転をきかせて「何か質問はないかな?」とそう来るのは予想の範囲内であった話の流れにもっていった。さすがはベテランだ。生徒達は私があまりにも話しを簡単に終わらせたのでちょっと退いていたがおじさん先生発案による質問タイムでいくらか安心感を取り戻したように見えた。

 向こうだってさほど興味が無いであろう新任教師のことなので質問も年齢、趣味、どこに住んでいるかくらいがささっと出るくらいであった。そして最後の質問がやっぱりこれ。女性徒のとびきりガタイの良いのが「彼女はいますか?」と質問した。ハイ、来たコレ。この問いは100%飛んでくるとわかっていた。私は事前にこの問いに対する答えを用意していた。

 私は、それまでの無感情な態度はどうした?と思われるくらいににっこりして教机に両腕を突き、そして前のめりになり「そんなものはいないよ。逆に僕の恋人になりたいって人はいるかな?」と返した。

 新任教師が生徒のハートをキャッチしファーストコンタクトを良い形で済ますことを目的とするのであれば、私の行った行動というのは大失敗ということになる。なぜなら生徒達は退いていたからだ。しかし人気者の先生なんてのを目的にしていない私にとってはこんな結果などはどうってことは無かった。しかし今考えると生徒のウケはどうでもいいがあのような発言はセクハラに値するのかもしれない。実は危ない橋を渡ったのかな。

 授業というのは受ける方はもちろんやる方も大儀である。退屈で寝る生徒もいるし私も喋りながら眠い。私も人の授業を聞いて寝ていたのが昨日今日のことなので退屈で寝る彼らの気持ちはわかる。実際に授業は退屈なのだからそれを起きて聞けというのも酷な気がするし、とか言って起こすために声をかけるのもだるい。授業をしても生徒も先生も誰も幸せにならないと生徒と先生の両方を経験した私は結論付けた。普通の授業については退屈すぎて特に言うことはない。黒板に字を書いた時にチョークの粉をかぶるのが鬱陶しいということくらいしか思い出がない。

 私が勤めたわずかな間に球技大会があった。男子の種目はソフトボール一択。女子は体育館で何かやっていたけれど内容は知らない。私は暑いから体育館で仕事をしたかったが外でソフトボールのアンパイアの係りになった。野球ゲームはよくやったが実際にやるのは暑いから嫌いだ。しかし、アンパイアは初経験だ。野球ゲームでも野太い声で「アウト」「セーフ」の声が飛び交うのが活気があって良いと思っていた。私の仕事は全ての試合において一塁ベースでのアウトかセーフかの闘いを見極めることだ。ちゃんとポーズもつけて大声でアウトかセーフを叫ぶ。私はこれが結構好きになった。特に「アウト」の掛け声と共にグーの手を首の後ろから振りぬいて胸の前につきだしてそのまま刀で切り捨てるようにして振りぬくアウトポーズをとるのが気持良い。正規のポーズにアレンジを加えてのこのポーズが生徒達にも受けて一塁でアウトが出た時はベンチの方からも笑い声が飛んだ。アウトかセーフか判断もつかないような絶妙なタイミングでの勝負が一塁手と走者の間で繰り広げられて場合は「アウト」言いたいしポーズをとりたいために全てアウトにしてやった。もしかしたらぎりぎりセーフだった場合はすまないことをしたが私が気持ちよければそこら辺のことはどうでも良い。最近テレビで見たが野球界では「卍ポーズ」をするアンパイアが人気者になっているとか、私同様に世間様もアンパイアに興味を持つようになってくれて喜ばしいことだ。

 というわけで私の高校でのお仕事は球技大会でのアンパイアの任に就いたのが楽しかったというだけであった。父の脅しに負けずに完璧に勤め上げて私の宝である人質ならぬ物質はその後無事に開放されたのだ。

                      おわり