こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

擦れ違う男と女「雁」

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 「雁(ガン)」とはカモ目カモ科ガン亜科の水鳥である。カモに似ているがカモより大きい鳥である。国語の教科書に載る「大蔵じいさんとガン」や、名作絵本を原作にした日本名作アニメ「ニルスのふしぎな旅」などで御馴染みの例の鳥である。可愛い、そして美味そうなので私は大好きな鳥である。

 

 オ~カモナニルス♪ と名曲を歌いたくなる。

 

雁 (新潮文庫)

雁 (新潮文庫)

 

 

 雁も出てくるけどあくまでオマケエッセンス的な位置におかれ、メインはとある男と女の関係が擦れ違いに終わるという話を第三者の回想として語る物語である。

 

 主人公にして物語の語り手である医学生の「僕」は、古本屋で入手した四大奇書が一つの「金瓶梅」を同学生寮の生徒岡田に貸すことで岡田と心安い間柄となる。そんな岡田は散歩の途中でとある家に済む美しい女であるお玉と顔なじみになり、挨拶をするくらいの仲になる。お玉は高利貸しの末造の妾である。お玉は岡田が道行く姿を窓から見て、岡田と親しい関係になりたいと考えてやきもきする。

 最終的には岡田は学校の卒業を待たずして洋行することになり、岡田とお玉の関係は特に何もおこらずに終わってしまった。

 主人公「僕」は岡田から聞いた話、後にお玉から聞いた話の二つの情報をあわせて二人の擦れ違いの恋の物語を語る。

 

 まず、岡田と僕を繋ぐ橋渡しとなったアイテムが「金瓶梅」という所がかなり印象的であった。金瓶梅を読んでいる大学生って何か想像しづらい。怪しからん本だからな。

 「金瓶梅」では豪商西門慶と妖婦潘金蓮が共謀して金蓮の夫を毒殺するという内容の男女三角関係が成立して、それは「雁」では岡田とお玉、お玉を妾とする末造と人物を置き換えると共通する人物関係になる。こちらでは具体的な行動は何もおこさないけれどね。金瓶梅の意味はここらへんにあるのかも。

 

 医学生である「僕」と岡田の生活よりもメインはお玉の生活や心情を描いている。お玉は父と二人貧乏暮らしをしていたので父の生活を楽にするため高利貸しの妾になることを受け入れる。世間知らずなおぼこ娘だったお玉が妾の生活を始めていくらか心の余裕が生まれ、自分や他人を深く分析することをし、いつの間にか人間としての自我がそれまで以上に目覚める。お玉の内なる変化と成長が読み取れる書き手のテクニックが冴えている。

 

 岡田が散歩途中にお玉の家で飼っている鳥を食おうとしている青大将に遭遇し、青大将を退治するというミッションをこなすシーンがある。これは蛇が怖い私には無理だと思った。包丁で青大将を切る描写が生々しくて気持ちわるかった。しかしリアルに現場の状況が伝わってすばらしいと思った。

 

 私の好きな本「金色夜叉」以来の高利貸しが登場する話だった。金色夜叉でもそうだったが高利貸しが世間的にすごい嫌われているのがわかる。本作ではお玉が女中に魚を買い行かせた先で魚屋のおばちゃんに「高利貸しの妾に売る魚はねぇ」と追い返しを食らうシーンがある。高利貸しの存在で金の用意に助かる人もいれば、借りたことで破滅する人もいるがどこしらにニーズがある商売をあそこまで酷く言うかねと思った。

 

 お玉の家は無縁坂という所にあり、その付近の地名がたくさん出てくる。政治とスポーツと地理の知識がかなり薄い私にはあちこちの地名が全然ピンとこなかった。

 

 最後の方のシーンで雁が登場する。主人公と岡田の学友石原の企みで雁を獲って食う流れになる。雁って料理にするんだと初めて知った。美味そう。雁を服に隠して交番の前を通るシーンがなにやらハラハラした。野生の雁を獲ってきて食うというのは鳥獣保護法とかでアウトではないのかと思った。

 

 お玉は岡田に惚れてどうにか岡田と関わりと持ちたいとあたふたし、岡田の方でも少し気があったと思われるがそこまでで二人が交わることはなかった。燃え上がる展開は無かったもののこういう関係って世の中のあちこちできっとあると思って楽しく読ませてもらった。

 

 最後に、その相手を知らないだけでもしかしたら私だって私に熱をあげるどこぞの誰かと人生の擦れ違いをしてきたのかもしれない。とか考えて本を閉じました。