こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

女性の自我の目覚めを描く「人形の家」

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 イプセン作の戯曲「人形の家」を読んだ。

 日本では弘田三枝子が歌うこれと同じ名前の「人形の家」という楽曲が大ヒットしたのを思い出す。私も良く聴いていた。いずれもマストで子供の遊び道具ということから布施明の「積み木の部屋」という曲とごっちゃになって覚えていた。更に人形の家は後に布施明がカバーしている。人形の家と聞けばこういった思い出が蘇る。関係ないけどね。

 

 今作は少ない登場人物で舞台も狭く絞った範囲の話であるので非常に読みやすい。登場人物が多すぎてあっちこっちへと場所移動する話は混乱するがこの作品ではそういったことは無い。そんな中で強い社会的なメッセージが発信されている作品である。

 

 弁護士ヘルメルの妻ノーラを主人公にし、ノーラの目線で社会のあり方、真の愛とは何かという確信を突く話である。

 

 ノーラは結婚後は裕福な家庭で子にも恵まれ幸せに暮らしている。夫にはそれこそお人形さんのように可愛がられている。

 そこへ亀裂を入れる人物が夫ヘルメルの部下のクロクスタである。ヘルメルがクロクスタに解雇を言い渡したのを嫁の力で何とかしてくれとノーラの所に嘆願しにやって来る。

 ノーラは夫に内緒にしているが、かつて夫が病を患った時の療養費をクロクスタから借りた過去があり、借用書の保証人に今は亡きノーラの父の名が書かれている。しかし、借用書作成の3日前にノーラの父は死んでおり、そのサインと日付は父に代わりノーラが書いたものであった。これは立派な偽証でありクロクスタにとっては詐欺を働かれたことになる。

 クロクスタはヘルメルに自分の解雇取り消しの口利きをしてくれないと借金のことと偽のサインのことを夫にばらすと言ってノーラを脅す。

 ノーラは既に死にかけている父やこれから死の病に蝕まれる夫を救うための愛から行った処置であるから罪に問われないと主張するが、これに対してクロクスタは「法律は決して動機を問いません。」という一言で残酷な真実を告げる。

 このクロクスタのセリフがかなり印象的であった。正義のため、悪のための何れであろうが法律を犯した者には人情を挟む余地無くペナルティが与えられる。法律の厳しさを再認識した。

 

 クロクスタが真実を語った手紙がヘルメル家のポストに入れられ全てはヘルメルにバレてしまう。ヘルメルは真相を知ったショックで取り乱し、ノーラのことを嘘つき女呼ばわりし、嘘つき女に子供の教育をまかせておけない、こうなっては一緒に暮らせないがこんなことが世間にバレては体裁が悪いので表向きは夫婦の関係を続けるなど勝手なことを喚き散らす。

 しかし、そのすぐ後になって改心したクロクスタから借用書が返され事件は全て解決する。心配が無くなったとたんにヘルメルは今の今まで自己保身のみを考えて嫁を捨て置こうとした態度を一変させて以前同様に甘い言葉でノーラを可愛がり始める。

 夫のこの態度の変化にノーラはコイツは自分を可愛がるだけで愛してはいないと気づく。ヘルメルは自分を対等な人間と見ず、お人形か何かとしか思っていないことに気づきノーラはヘルメルに不信感を抱き、真実の愛の無い生活にうんざりして子を残して家を出て行くというラストになる。

 ノーラは夫に可愛がられるお人形さんから一人の人間の女として人生をリニューアルしたのだ。

 

 今まで父に甘やかされ、夫に甘やかされの世間知らずの甘ちゃんだった女が社会の実際に触れて自我が目覚める過程を美味く描いている作品だといえる。そして女性を陳腐なものに陥れる男のエゴが実に愚かしいかがわかる。

 

 最後にノーラは物事や人は自分で見てからでなければ信用できないと思うが、まさにその通りであると言えよう。狭い家の中で閉じこもっていては世間様の実体を知るには限界がある。

 甘ったれた女が真実を知ることで新たな人生を踏み出すという女性のあり方に新たな希望の光を注いだ名作であった。

 この世は欺瞞に満ちているので真実を見抜く目と感覚を完璧なものとしなければと思った。 

 

人形の家 (岩波文庫)

人形の家 (岩波文庫)

 

  

 ちなみに私の幼い頃は人形よりかは「キン消し」をぶつけ合って一人遊びに性を出していました。ダンボールで彼らの家も作ったよ。