こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

農家を舞台にした愛憎劇「楡の木陰の欲情」

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 劇作家オニール作「楡の木陰の欲情」を読んだ。

 

 いや、全く知らない本だった。

 何か底知れぬ深いテーマがあるような心に引っかかるこの変わったタイトルに釣られて読んでみた。

 

 これは面白い。

 作品前面に良くも悪くも「人間」らしさが漂っている作品であった。

 

 私が手に取って読んだのは昭和27年に発行された岩波文庫のやつである。この版は大変古い本なので本文として記載される漢字が難しい旧字体でちょっと読みにくかった。

 現代では「それってどうなのよ?」と思えるようなちょっと汚い差別的表現が含まれた言葉も載っている。とにかく出てくる登場人物の態度と口が悪い。あと、田舎者ゆえセリフもめっちゃ訛っている。

 

 私が手にとったこの古い本ではタイトルが「楡の木陰の慾情」となっているが新しく出版されたバージョンでは「楡の木の欲望」にタイトルが変わっている。

 

 一応は近親相姦となるシーン、嬰児殺しといった道徳的に宜しくない表現が含まれている。その関係からか戦前に日本でこの芝居を上演しようという企てが持ち上がった時にはボツにされたとあとがきに書かれていた。

 

 

 本作の舞台はずっと農家のキャボット家の敷地内に固定している。家の外に出ても裏庭か牧場の一部分くらいである。時は1850年ニューイングランドとなっている。地理の知識に乏しい私には一体地球のどこなのか皆目見当が付かない謎の地でのお話である。

 

 キャボット家は2本の楡の木に挟まれて立っている。楡の木に挟まれたこの家を舞台として人間の欲望と愛情と憎悪とが交錯する重厚なストーリーが展開する。

 

 登場人物は少なく主な人物は

 

 イーフレイム・キャボット 75歳 キャボット家の父 

 シミアン         39歳 キャボットの息子 その1

 ピーター         35歳 キャボットの息子 その2

 エベン          25歳 キャボットの息子 その3 

 アビー          35歳 老キャボットの新妻 

 

 この5人である。

 

 

 キャボット家の父イーフレイム・キャボットは柄が悪くガタイが良いジジイ。態度の悪さとは裏腹にカトリック信者で神の存在を信じている。その父が何やら訳のわからないことを抜かして家を開けて旅立ってしまった。その間、これまた終始野蛮な態度を取る息子三人が何とか牧場の経営をまわしてた。

 上の息子2人と下のエベンとは母親が違う。エベンの母が元々所有していた牧場の権利をくそ親父が持っていったことをエベンは憎らしく思っていて、牧場の権利を親父から取り上げることを考えている。

 エベンの亡くなった母への健気な想いはちょっと可哀想で泣けてくるぜ。マザコンである。

 

 兄二人はカリフォルニアで金を掘ると言って家を出て行ってそれっきり登場しない。入れ替えで老キャボットが自分の半分以下の年齢の嫁アビーを連れて帰ってくる。

 中盤からは家の中はエベン、アビー、老キャボットの3人のみになる。

 この実質親子三人でドロドロした三角関係になる。この中盤からが見所である。

 

 アビーは不幸な生い立ちを持ち、とにかく安定した生活と家が欲しいために愛しても無いジジイのキャボットと一緒になった。

 エベンは亡き母の持ち物である家を守るためにジジイにもアビーにも家を渡さんと頑張るが、アビーの美しさに惹かれて徐々に心を許していく。アビーに家を良いようにされたくはないが、妖艶なアビーを前にしてしどろもどろするエベンが印象的であった。

 

 エベンの母への執着はちょっと特殊な物であり、アビーはそれを上手い事利用してエベンを篭絡する。亡くなった母の部屋で一応親子の関係になった二人が肉体関係を結ぶこの場面でアビーがエベンを言葉巧みに丸め込む手段が中々すばらしい。一番の盛り上がり部分がココだったかな。

 

 後半ではアビーとキャボットの間に息子が生まれる。しかしコレは本当はアビーとエベンとの子であった。

 アビーは最初こそ自分が家の中で動きやすくするためにエベンに色仕掛けを使ったりしたが最終的には本当にエベンを愛するようになっていた。しかし老キャボットにアビーは家が欲しいからエベンを騙しているだけだと吹き込まれたエベンはアビーを激しく罵る。

 その後、アビーは身の潔白を証明するために生まれて間もない息子を殺してしまう。

 

 エベンは嬰児殺しの罪を犯したアビーをひっ捕らえるようにと役人を呼び、罪人は捕まって話は終わりを迎える。

 罪人を引っ張っていく役人が牧場を見渡して「綺麗な牧場だ。これが自分のものならいいのに」的な心に響く一言を漏らすのが印象的であった。

 

 エベンはアビーを役人に訴えた後でよくよく考えたら自分はアビーを心底愛していたと悟り涙を流してアビーと分かり合う。自体が悲劇にまで発展した先になってやっと二人は真実の愛に辿り付いたという救いがあるようで無いようなエンドであった。

 嫁と息子が出て行って家に一人になった老キャボットが一人で寂しさを感じる所も印象的であった。

 

 金を掘り当てる夢を持ってカリフォルニアに旅立ったシミアンとピーター、体を売ってまで安定した生活を求めたアビー、死んでも牧場を他人に明け渡さないと終始独占欲を振りまいていた老キャボット、亡き母の想い出である牧場を自分の物にしようと燃えるエベンといった風に楡の木陰の中にあるキャボット家では常に欲情、あるいは欲望が渦巻いていた。

 人間の人間たる激情の一つである「欲」が全編通して振りまかれた作品であった。

 この本を読むと普段は体裁を取り繕っていても、欲のために醜悪な様を見せるのもまた人間の本能であり性であると納得できた。

 

楡の木陰の欲望 (岩波文庫 赤 325-1)

楡の木陰の欲望 (岩波文庫 赤 325-1)

 

 

 ちなみ我が家の庭には松の木が生えていてコイツの手入れが結構大変である。