こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

「赤と黒」けしからんが魅力的な青年の心理を描く大作

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 スタンダール作の長編小説「赤と黒」を読んだ。上下二巻に分かれ、とにかく長いお話だった。

 

 七月革命を挟んで執筆された1830年代のお話で、実際に起こった事件や実在した人物をモデルにしたキャラを取り入れた大作となっている。

 

 ナポレオンが倒されてからの政治の流れの変化、上流階級、下層の人々の精神に深くスポットを当てた当時の歴史と人の価値観が分かる作品としても仕上げられている。

 

 本作は激動の時代を生きる主人公ジュリヤン青年の人生を綴った物語である。

 

 ジュリヤンは材木屋の三男坊という卑しい生まれながらも、その類まれなる記憶力と知識力を買われて、名門レナール家の家庭教師になる。そこでレナール夫人と不貞の仲になり、次には聖職者育成の神学校に入り、学校を出てからはラ・モール家の秘書の職に就く。そこでも性懲りもなくラ・モール家の娘マチルドに手を出して今度は子供も作ってしまう。

 表面は聖職者を目指すことにしているが、その実なかなかの悪事を働くジュリヤンの正体をレナール夫人がラ・モール家にばらすと、何を思ってかジュリヤンはレナール夫人を訪ね、ミサの場でピストルの弾を2発喰らわす。そして、捕まってギロチン刑にされて終わるという内容。

 

 話の筋自体にハラハラドキドキな劇的展開があるわけではないのだが、物語を読んで、このジュリヤンという稀有な青年のパワフルな生命力、あるいは精神力を感じるのが楽しいポイントであった。

 まず、この少年は表面は人あたりがよく、容姿端麗で学問も積んでいるというハイスペック男に描かれているが、その内面はかなり複雑というか、ダークな構成となっている。

 幼い頃から粗暴なオヤジと兄弟に暴力を受けていた暗い過去がそうさせるのか、人に対して猜疑心を抱きすぎる男として描かれている。ジュリヤンが安心して話せる友人はフーケという男のみであった。

 ナポレオンが倒れた今になってナポレオン崇拝をするのは非国民として扱われるのだが、ジュリヤンは幼き頃からずっとナポレオンを崇拝している。ここに既にジュリヤンの社会批判的態度が見られる。

 聖職者としての立身出世を目指しながらも信仰心がなく、先輩の聖職者をディスっている。出世のためにやむなく行う上流階級の人々との付き合いの中でも、彼らの精神がいかに卑しいかを嘲りながらまたディスっている。

 プライドが強いようで、時には迎合しているようでもあるし、基本は冷淡な素振りをするが、時には熱情に駆られるなど心の動きが一貫せず、色々と矛盾した男にも見える。しかし、相反する様々な感情をそれぞれわずかずつ揃えているその矛盾している状態もまたリアルな人間性だと思う。ジュリヤンが一貫してこういう人物だと言い切れぬその部分が面白いと思った。魅力的であり、不気味でおぞましい人物でもあったと言えよう。

 

 

 そんなちっぽけな青年と思えるジュリヤンに人生を掻き回されたのがレナール夫人とマチルドの二人のヒロインである。この二人のヒロインに対しても個人的に複雑な想い入れがある。どちらも魅力的と言えばそうなのだが、どちらも面倒臭い女だと言えばそれも納得だからである。

 若くして結婚し、家庭に入ったレナール夫人は多くの男を知らない。そんな時に息子達の家庭教師として美青年が家に住み込めば、女としての感情が活発に動くのも分かる。レナールの旦那の方は、傲慢なクソ男でレナール夫人が裏切りを起こすのもまあ納得できる。

 ジュリヤンは卑しい生まれの自分でも、身分の高い女をものに出来るという虚栄心を満たすためにあれこれと手を打つ。ジュリヤンもさすがに頭が良く、かなり理論を練って女を落としにかかる。レナール夫人も最初は嫌々言ってたが、ジュリヤンに攻略されてしまう。好きにさせるだけさせといてジュリヤンはレナール家を去る。

 

 次の女がラ・モール家の娘マチルド。このマチルドとジュリヤンの恋愛のやり取りがまぁ面倒臭くて、時にはバカらしいと思えるやり取りもある。思い切った策略や、無駄に練られた心理合戦が繰り広げられ、恋愛と言うより男女の一つの闘いのようにも思える。

 ジュリヤンがマチルドの心を自分に向けるためにどうすれば良いかを知人に相談すると、そいつは全然興味がないとある夫人にお手本どおりの手紙を書いて送って仲良くなれとか言い出し、ジュリヤンはそれに従う。結果的には自分以外の女に目が行くジュリヤンが気になって、マチルドはジュリヤンを放っておけなくなり二人はくっつく。

 作者の方ではこのふたりの面倒臭さ極まりない恋のやり取りを「頭脳の恋愛」と名づけている。納得である。

 マチルドは恋愛ゲームなら攻略難易度高めのヒロインキャラに位置するであろう。この二人の面白いのは、一方が一方に熱を上げたらもう一方は冷める、というのを互いに繰り返して中々くっつかない点。どちらもあちこちへと心を向けてスムーズな恋愛にならない。バカップルの喧嘩みたいだった。

 ジュリヤンは梯子を登って両ヒロインの寝室に窓から侵入することを経験している。

 

 

 ジュリヤンが牢に捕まってから、二人のヒロインがとにかくジュリヤンに世話を焼いてくれるのも印象的であった。しかもレナール夫人はジュリヤンに撃たれて死にかけたのにも拘わらず死刑にしないでくれと頼む。マチルドも高貴な身分にはあるまじき方法で死刑にならないように奔走する。ジュリヤンとの出会いで著しく自我が目覚めたこのヒロイン達の行動力も見所であった。

 

 最後の方では、ギロチン刑で落とされたジュリヤンの生首にマチルドがキスをするという怖い描写があったのが印象的。なんだかアニメ「スクールデイズ」のラストを思い出してしまった。

 

 上流階級の人間の心の卑しさを、ジュリヤンを介して読み手に伝えていたのが一番印象的な物語であった。

 

赤と黒(上) (光文社古典新訳文庫)

赤と黒(上) (光文社古典新訳文庫)

 
赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)

赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)