こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

太宰のラスト「グッド・バイ」

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 太宰治の未完の絶筆それが「グッド・バイ」である。遺作がタイトルでバイバイを言っているのでコントな組み合わせとなっている。太宰にしてはちょっとばかし変わった作風で楽しく読めたので是非最後まで書いて欲しい作品だった。実に惜しい。せめて物語完結まで自殺を待って欲しかった。 

 

グッド・バイ (新潮文庫)

グッド・バイ (新潮文庫)

 

 

 「グッド・バイ」は妻を持つ身でありながら複数の女性と関係を持つ主人公田島が妻以外の全ての女達とバイバイ(縁を切る)しようと奮闘するお話である。

 

 主人公は次々と女を引っ掛ける不貞な輩である反面、変に真面目なところがある。不倫相手の女から黙って逃げることはせずにちゃんと別れを言ってお互い納得の上でバイバイをしたいのだ。しかし、女達に別れを告げに行くのは実に億劫である。

 そんな時、以前仕事で知り合ったガサツな女キヌ子に会う。キヌ子は仕事中はみずぼらしい格好で冴えない女に見えるが、おしゃれをして着飾るとものすごく綺麗な女である。主人公はこのキヌ子を妻役にして女達を訪問し、本妻とのみ家庭を持つと宣言して別れ話を済ませようと計画する。

 

 キヌ子をうまいこと使って計画をスムーズに実行しようとするが、キヌ子の扱いは実に面倒極まりなく、主人公はキヌ子に飯をたかられ、会社の商品の押し売りをされたりして予定外に散財してしまう。

 キヌ子のハチャメチャぶりはおもしろい。部屋がものすごく汚くて若い女性の生活とは思えない程にだらしない。言葉の言い間違いをよくすることから教養の無さが露呈さされている。男もぶっ飛ばす程の怪力の持ち主で田島が酒に酔ったフリをして襲おうとしたら馬鹿力で返り討ちにした。しかし、おしゃれアイテムを仕舞う押入れの中のみは清潔その物の聖域となっている。

 キヌ子の手綱を上手に握れずに損ばかりするならさっさと手を切ればいいのに、田島が変にプライドとこだわりがあるため、キヌ子に損をさせられた分を取り返さないと気がすまないと考える。なんとかキヌ子を利用して元を取らせようとするが、一向にキヌ子の扱いに慣れず結果的にかなり酷い目に会わされる。

 田島も狡猾な部類なのだろうが、天然でやりたい放題のキヌ子の出方がイマイチ掴めず最後まで田島の逆転は無い。このキヌ子のくそ女ぶりが活き活きと描かれ、田島をやりこめる過程がなかなかコミカルなものとなっていて面白い。

 

 心の奥に渦巻く黒々とした激情を文面に吐き出すスタイルの厭世家(あくまで私としての考え)の太宰にしては随分ポップな作風となっていると思う。

 

 一人目の美容院の女と別れて、次はゴツイ軍人の兄を持つのがやっかいな女と別れようと作戦を立てるところで話は終わっている。妹を捨てた事に怒ったゴツイ兄貴に田島がボコボコにされる展開を予想したが、遂にそこまでに到らずで太宰が死んでしまい残念であった。

 

 この本には太宰の後期作品16編が収められている。戦後に書いた作品ゆえ戦争の痛ましい傷跡が見え隠れする作品もあり、厭世家の彼特有の世と人をディスった内容の話もありバラエティ色豊かな一冊となっている。全体的に暗い感じの話が多いかな。

 

 本書に収録されている一編の男女同権が高らかに謳われた時代のことを書いた「男女同権」が私のお気に入りである。

 男性同様に選挙権を得るなどの女性の権利が確立されたという利点を逆手に取って、女性への逆襲を誓う男を描いたかなりシニカルな内容になっている。 

 読んでいると本当に可哀想になってくる程に人生のあらゆる場面で女に痛い目に合わされた主人公が、これからは男女同権なのでか弱い女子を庇うことに気を回すことなく声高にクソ女共をディスれると女性への逆襲を宣言して終わる話だった。これはおもしろかった。徹底した性別の壁があるゆえに守られていたことが同権とならば崩壊するとほのめかしたような一編であった。

 太宰なりに都合のいい時だけ同権とか言ってんじゃねぇと伝えたかったのかなと考察した。

 確かに、男女同権と言うなら「なんで女子の水着は上半身隠れてんだよ。出せよ!」って吼えている学友を見たことがある。男女同権とは意外とあいまいな定義なのかもしれないと過去に聞いた馬鹿みたいな主張からも少し考えさせられることがある。

 太宰は鋭い点をついてくるなと感心した。