こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

幼い頃の繊細な感情を綴る「銀の匙」

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 夏目漱石も絶賛したという名作「銀の匙」を読んだ。

 

 農業高校を舞台にした漫画あるいはアニメ、そしてセクゾの中島ケンティーで実写化もした「銀の匙 シルバースプーン」の方では無い。ちなみに私はシルバースプーンの方に登場する御影というヒロインキャラが大好きでした。

 

 中勘助による小説「銀の匙」は主人公が小箱からみつけた銀の匙をきっかけに少年時代を回想する話である。

 

 チビの頃から10代中盤までの人生で最も純粋で多感な時期の感情の成長を描いている。

 当時の思い出や風景描写に加えて幼少期の感情の機微を緻密に描いているのがすばらしい。自分で考えて生んだ意見や思想は自分の中では確かな物として存在するが言葉や文字にして第三者に示すのは難しい。それをこうも鮮やかに文字で綴った点には作者の文学的センスを認めざるをえない。文章構成がすばらしい。

 

 主人公の生活や考えには多く共感できる部分がある。

 主人公が学校へ上がる前の幼い時期の思い出話にはいつも伯母の存在が付いて回る。この伯母さんがなかなかの好人物に描かれている。

 生まれて間もなく死んでしまった主人公の兄が生れ変わったかのようなタイミングで主人公が誕生したことに対して伯母は結構マジな感じで死んだ子供が極楽浄土から帰って来てくれたと大喜びして主人公を溺愛する。伯母さんのちょっと信心深さが強すぎる所が私は好きであった。

 

 伯母さんと一緒にお祭りなどの行事に参加した思い出を細かく描いている点が印象的であった。私も叔母によく遊んでもらったので主人公の生い立ちには共感できた。

 

 主人公が16の頃に伯母さんは目が見えなくなり、見るからに衰弱して死に向かっていることがわかる。伯母さんの弱りきった姿を見て幼い頃に自分とチャンバラごっこをした若き日の伯母さんを思い出すシーンはつらいものがあった。私も知っている人間が年老いて行くのを見るとどうしようもなく寂しくなる。

 

 学校にも上がらない前の子にとっては家庭が社会の全てと言っても過言では無い。その時期に人のやさしさに触れることは感受性豊かな人間として成長するには重要なことだと気づいた。

 

 主人公が伯母さんにくっついて育ったこともあって、なよなよした弱い子供に育ってしまう。女の子とばっかり遊んでいるシーンが多く見られる。しかし、男が女から学び取れることも少なくない。

 

 主人公のなよなよした部分を直すために主人公の兄が釣りをはじめとした男の遊びを教えるというおせっかいを焼いてくる。 こういう価値観を押し付けてくる目上の人物はうざったいしやる気満々でも行動の結果が空回りなので哀れである。こういう兄は嫌いと思った。

 

 中盤の小学校に上がってからの話では、狭くして意外にもきっちりした社会性を感じられるシビアな子供同士のコミュニティの存在を知った。学校のクラスというのが規模が小さいだけで実は不特定多数の者が関わりあって構成する社会そのものであると主人公の目を通して理解できる。

 やはり力を持つ者がいて、従うものがいて、気に食わない者に対する排斥運動を行う者、それに必死に抵抗したりされるがままに攻撃を受ける者もいる。ちょっと残酷だけど社会のなんたるかの基礎がこの段階で学び取れる。

 私だって学校という組織には属していたが、権力の働く範囲には属していなかったのでクラス内の大きい争いみたいなものには全くノータッチだった。完全に中立軍だった私には実体験が無いのだが、本作を読むと対立したグループ同士で暴力を持ってやりあったりと子供ながらに物騒なことを行っているのにちょっと驚いた。

 

 ガキの頃にひ弱だった主人公が成長と共に体も強くなりクラスの大将的地位まで上り詰める。10代になるかならないかの時は一気に体が成長したりするからそれまでのクラス内の強弱バランスが著しく変わることがあるらしい。

 不良が転校してきて主人公のそれまでの地位が危ぶまれるなどの描写を見ると対人関係のバランスが崩れる様がわかる。

 子供の頃の早い段階で「皆仲良く」なんてお題目は取っ払われて、自分が有利で快適になれる権力を握ることを考えることがあるのだなとわかった。

 

 

 幼い時には絶対的に信頼していた大人や友人に対して初めて起こる猜疑心の存在について描かれている場面が見られる。多くの人間と関わって多くのことを自分の中に取り入れて行く過程でこれはどうしても起こってしまうことだ。

 多くの者と違う意見を持ち、違う角度から物事が見えるようになると一歩下がった場所から周囲の者を軽蔑し揶揄することを覚える。主人公の主張と周りの主張が異なることで初めて自分を全体から個別化して捕らえることがきる。こういうことは私にも心当たりがある。

 

 本作を読んで思うのが子供の社会って大変なのだなという事である。大人には理解できない、あるいは大人になることで理解できなくなった子供の世界があるということがわかる。

 

 そして、亡くなった私の叔母さんを思い出した。

 

銀の匙 (岩波文庫)

銀の匙 (岩波文庫)

 

 

 そういえば銀の匙を口に銜えて生まれてきた子供は金持ちになるとかいうのはなんの話だったけかな。