こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

甘美で鬱屈とした時を送る淫らな妻のお昼の顔 ー小説「昼顔」を読んでー

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 今「昼顔」とパソコンに入力してみると上戸あやが出ている日本のドラマ作品が多く引っかかるであろう。大変話題となっているが見たこと無いっす。

 私が言ってる昼顔は大昔のフランスの小説でジョセフ・ケッセルが書いたものである。ちなみにこっちも映像化していて映画がヒットしました。エロかったっす。表紙の女性の憂いを帯びたセクシー丸出しの顔、いいよね。夜顔という続編も映画で作ったとか聞いたけれどそちらは手付かずである。

昼顔 (新潮文庫)

 

 これを手に取ったきっかけは確か太宰の「女生徒」を読んでいたら作中にこの本の名が出て来たので気になってメモに取って後日図書館で借りたのだ。私、本が好きなのだが、新しく本を手にとる理由が前に読んでいた本で名前が挙がったからというのが結構あるのだ。「ねえ、委員長」という本を読んで作中に名が挙がるシリトーの「長距離走者の孤独」を流れで読んでみたりとかが例として思い浮かぶ。こうして名作が名作を繋いでいくんですね。ステキなご縁。

 

 というわけで太宰から教えられて「昼顔」を読んでみた。

 

 医者の夫ピエールがいる身の美しき妻セヴリーヌが不貞を働く物語である。

 軽い気持ちで手に取ったらなかなかハードなお話でした。

 しかし私、かつて「金曜日の妻たちへ」という不倫ドラマに大変ハマったこともあるくらいに男女間で不貞を働く作品が好きなのだ。愛における禁断のルート発見!といった感じの背徳感を背負いつつもおもしろい所見つけたよといった矛盾した思いで結局楽しんでいる。ついでに三角関係ものも好きである。こちらは「マクロス」のせい。

 

 お話の初っ端は夫婦で仲良くスキー旅行に出かけて、馬に引かせてスキーを滑るというセンセーショナルなスポーツを楽しんでいた。爽やかで綺麗な真っ白の景色が私の脳裏に浮かんでいたのに早々にして黒々とした不穏を感じさせるような展開となっていくのだ。

 ご近所の付き合いでとある娼婦小屋の話を耳にしたセヴリーヌはまるで重力に引っ張られるかのようにして娼婦小屋に入っていくことになり、さっそく就職を決め込みます。タイトルの「昼顔」は勤務中の夫の留守を利用して昼にこのような働きをする彼女の源氏名であったのだ。このようなことを言うと語弊があるかもわからないが、お昼のお暇な奥さんなんて碌なことを考えやしないと少しばかり思ったりもする。

 

 セヴリーヌは医者ピエールの妻、それはもうお上品で貞淑な妻なのである。娼婦として男を相手にしてもあくまでも心は夫のピエールにある。夫を深く愛していながらどうしてフラフラとこんな店にやって来て、おまけに働いているのだろう。このようにセヴリーヌの行動は謎多き女心によるものなのだ。貞淑、でも娼婦という相反するエレメント持ちなのである。矛盾した話だな~と思うわけである。

 

 途中でこんな淫蕩な生活が良いものか!とセヴリーヌは自らに言い聞かせて店を止めようともするのだが一時のトンズラをこくだけで次は魂を引っ張られるようにエッチえろえろ生活に戻ってしまう。夫を確かに愛し、その夫からもガッツリ愛されている。生活に何の不満があろうか奥さん!と私はいいたいわけである。

 夫と二人きりの愛のある時間と店に魂を引かれることの二つの引力が働くために彼女の精神は徐々に蝕まれていくようだ。この貞淑な妻セブリーヌとエロの化身その名を昼顔との二つの顔が天使と悪魔のようにして闘い、主人公を苦しめる描写はすばらしい。

 その証拠に、お昼に夫を欺きお楽しみの時間を送っているにも関わらずセヴリーヌはずっと鬱屈として気分さっぱりなんてことがない。私の気分も彼女と一緒に落ち込む程だ。彼女の胸中はずっと罪悪感に支配されている状態である。「だったらそんなことやるんじゃないよ」とつっこみたくなる。

 

 夫ピエールの友人の嫌な男ユッソンに昼顔として働いていることが遂にバレてしまいセヴリーヌはとにかく口止め工作に出なければいけなくなる。このセヴリーヌはかなり上玉な女であってそれはもうモてる。娼婦小屋で彼女のファンの男をたらしこんで口封じのためにユッソンを殺(や)る作戦をたてるが、殺し担当男は誤ってユッソンと一緒にいた夫ピエールをナイフで刺すことになってしまう。

 そこからはもうセヴリーヌにとって絶望の日々である。男は警察に捕まり、下手をすれば共謀ということでセヴリーヌも警察に引っ張られるかもしれないという不安と恐怖の中、最愛の夫は一命を取り留めたが生涯介護がいるような状態に陥る。捕まった男はマジにセヴリーヌを愛していたために黙秘を貫いた。そしてセヴリーヌは自分のせいで夫がこんな目に会い、幸せな時間が崩れ事態が泥沼化するのを後悔するばかりなのである。

 ユッソンは殺されかける怖い思いをし、ピエールは死ぬ際くらいの深手を負い後遺症が残った。もうひとりはセヴリーヌの客の男を投獄させることになった。

 一人の女に引っ掻き回されて誰もが不幸になったお話しだった。完全にバットエンドだ。 

 一人の女の、一人の人間の肉欲への執着と夫への真の愛とが交錯した非常に微妙で繊細な心中を描いた作品であった。これを読んでいる間は磁石の同じ極を近づけて反発しあう理科の実験の画がずっと頭に浮かんでいた。モヤモヤするのだ。不貞という要素を用いていながらある種文学的で心理学的なお話とも言えないこともない作品だと思った。