こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

大河愛憎劇「嵐が丘」

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 エミリー・ブロンテによる長編小説「嵐が丘」を読んだ。映画化もした大変有名な作品であるとは知っていたが作品内容は全く知らなかった。

 読んだ感想は、とにかく面白い。作品の持つ熱が尋常でない。表紙の触れ込みに「ページをめぐるのももどかしい面白さ」とあるが、これが困ったことにその通りであった。

 規則正しい生活を心がけている私は寝起きの時間もばっちり決めている。しかし、この本を寝る前に少しだけ読もうと思っていざ読み始めると、いつの間にか決めた就寝時間がすっかり過ぎてしまい日付が変わってしまうこともあった。悪魔的魅力で私を惹きつける物語の主要人物ヒースクリフの活躍がもっと見たいがために時間がわかっていても中断できなかったこともあった。時間を忘れる程にのめりこむことができる面白い本に出会えるって本当にラッキーだってと思う。

 私が時間を忘れて夜を更かしてまで読んだ本には「三四郎」「浮雲」「金色夜叉」「大いなる遺産」などがある。

 

 

 本作の中心人物が運命の子ヒースクリフである。

 作中にはアーンショー家有する嵐が丘、リントン家の住むスラッシュクロスの二つの館が出てくる。それぞれの館を舞台に、この両家族三世代に渡って愛憎劇が展開する。そして中心人物のヒースクリフはどちらの家族の血も受け継いでいないが、どちらの家族にも深く関わっていく+αの人物である。

 この2つの家族だけであれば、恐らく平和にことが運んだであろう。ことの発端はアーンショー家のお父さんが孤児のヒースクリフを拾って育て始めたことだ。こいつがトリガーとなり嵐が丘の館は緩やかに家庭崩壊を迎える。アーンショーの長男ヒンドリーは父がやたらとヒースクリフを可愛がるので嫉妬からヒースクリフに辛く当たる。このヒンドリーがこれがきっかけでひねたクソ野郎になる。でも妹のキャサリンヒースクリフは愛し合ってとても仲良しである。このまま二人が大きくなって結婚でもすればことは丸く収まったのであろうが、キャサリンはスラッシュクロスの坊ちゃんのエドガーと結婚してしまう。

 結婚に財力のことはどうしても絡んでくるので、キャサリンヒースクリフの方を強く愛していたはずなのだが、孤児と結婚しても財力の面で幸せになれるかどうかを心配し、結果エドガーに流れていく。キャサリンエドガー、ヒースクリフの三角関係はハラハラして読んだ。この三人の関係性を見て「金色夜叉」の設定を思い出した。

 

 このあたりからヒースクリフがいよいよダークサイドに染まり始める。

 

 スラッシュクロスに嫁入りしたキャサリンは幸せな結婚生活を送っているとは思えないし、嵐が丘では両親と嫁を亡くして息子のヘアトンと暮らすヒンドリーが益々グレていく。上巻中盤から既に破滅的空気感が漂っている。ヒンドリーが家庭を顧みない野蛮なクソ野郎すぎる。ヒースクリフも同じく悪魔的なワルなのだが、もっと凄みがあって不気味である。

 代々嵐が丘に使える使用人のジジイのジョウゼフは出番が多いわけではないが、愉快な小悪党ぶりを発揮するクソ野郎なので忘れられない存在感を放っていた。多くの登場人物が死んで行く中でジジイの彼が最後まで生き残っている。宗教家ぶった意地悪で下卑たジジイであった。

 

 キャサリンエドガーは母と同じ名のキャサリンという娘を残して早々に死んでしまう。ヒースクリフエドガーの妹のイザベラを騙して愛も無いのに結婚して息子リントンをもうける。

 ヒースクリフの怖いのはわかり易く暴力を振るって行う支配ではなく、冷静にことをかまえ、法律の下着実に嵐が丘、スラッシュクロスの両家財産を手中に収める狡猾さである。少々強引に自分の息子とキャサリンエドガーの娘のキャサリンを結婚させて、結果的に両方の館の権利を得て、どちらの家の血も流れていないヒースクリフが全てを支配することとなった。

 キャサリンは従兄弟にあたるリントンと結婚したのだが、このリントンも徐々にクソ野郎な一面を出してくる。自分にやさしくしてくれたキャサリンを裏切るような行為をし、とにかく自分勝手で、ヒンドリーやヒースクリフとは一味違ったクソな一面を見せた。陰湿な奴であった。リントンは病弱で父ヒースクリフよりも先に死んでしまった。基本的に底意地の悪いクソ人間が多く登場する話だった。

 

 ヒースクリフは悪魔のような奴だが、母の方のキャサリンのことはキャサリンが結婚しても死んでからも愛していた。しかし、かなり偏執性を帯びた愛であった。ヒースクリフの行動力の源がキャサリンにあったのは唯一人間的であったと思う。

 ヒースクリフはある意味不思議な最後をとげ、緩やかに物語からフェードアウトする。物語はずっと悪意と憎しみが渦巻く悲劇的展開であったが、ラストのみは娘の方のキャサリンとヘアトンが恋仲になり幸せな結婚生活を予期させて終わる。

 

 この物語はまず、人間嫌いゆえに都会を離れ、静かな土地であるスラッシュクロスに越してきた男ロックウッドが語りとなってスタートする。このロックウッドが結構コミカルな一面を持つ味のある人物である。

 他所者のロックウッドが嵐が丘の変人ヒースクリフに興味を持ち、嵐が丘、スラッシュクロス両館で働いたことがあり、登場人物全ての人となりを知っている使用人ネリーの口から長い大河ドラマが語られるという流れになっている。

 ロックウッド目線でネリーから聞いた話を語るということで、語りの人物が二人いて、語りが二重になっている。これが珍しいし、面白い設定であった。

 二つの館の親子三世代に渡る物語のどの場面にも少なからず関わっているのがネリーである。どこをとっても狂気や憎悪などの黒々しい人間の感情が飛び交っている中でネリーは精神を毒されず最後まで思慮分別を持ったまともな人間として描かれている。ゆえにネリーが一番高潔なキャラだと思う。これについては母の方のキャサリンもあんな病ん職場の空気の中でネリーがよくまともでいられるものだと言っている。

 ヒンドリーとかヒースクリフの下で働いてネリーはよく出ていかなかったなと思う。母と娘のどっちのキャサリンも世話に手が掛かったのにしっかり世話役をやっている。

 ネリーがどこの場面でも脇に控えているので、ある意味彼女が主人公で全てのキーパーソンでもある。このネリーが大変お気に入りの人物となった。

 

 はらはらさせる愛憎劇の内容はもちろん面白い。こんなに不幸が渦巻くのに他人のこととなれば不思議とエンターテイメントとして楽しめる。

 すごいのは物語の構成にもある。語りの手法が突飛で面白かった。登場人物の中に悲劇の事件の全く蚊帳の外の人物ロックウッドを置いたことで、我々読者と同じ目線のキャラが確立し物語に引き込まれやすかった。ロックウッドと同じ気持ちにになって二つの館の物語に引き込まれていった。

 

嵐が丘(上) (岩波文庫)

嵐が丘(上) (岩波文庫)

 
嵐が丘〈下〉 (岩波文庫)

嵐が丘〈下〉 (岩波文庫)

 

  

 本当に面白い本だった、しかし何故にもこう悲劇というのは読み応えがあるのだろうか。良い本にめぐり会えて良かった。

 

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