こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

巨匠宮崎駿もチェックした名作「風立ちぬ / 菜穂子」

f:id:koshinori:20170703084918p:plain

 

 

風立ちぬ/菜穂子 (小学館文庫)

風立ちぬ/菜穂子 (小学館文庫)

 

 

 「風立ちぬ」について

 「風立ちぬ」は2013年に宮崎アニメとなった同名作品の元ネタの本である。関係無いがこのアニメ風立ちぬのヒット当時に放送していたアニメ「銀魂」で「あれ立ちぬ」という最低の下ネタパロディネタが登場したのは忘れられない。下品なのに銀魂の持ってきたあのネタにはウけた。

 当然「風」と「あれ」では立つことの意味合いがまるで違うのである。「風立ちぬ」は主人公の男性「私」とその恋人節子の二人の美しい愛を綴った不朽の名作であると言える。

 

 

 著者堀辰雄は主人公の「私」の恋人節子を実際の人物をモデルにして書いてるとのことである。

 婚約して幸せが訪れると思った所で節子が結核になり高原療養所(サナトリウム)へ二人揃って移動することになる。物語は初っ端から悲劇を臭わす展開になる。サナトリウムでの生活を書き綴ると言えば過去に読んだトーマス・マンの「魔の山」を思い出す。サナトリウムを舞台にする良作共通して言えることだが人里離れたサナトリウムを囲む自然溢れる風景を実に詳しくこれでもかというくらいに鮮明に描写している。なんなら私にはちょっと風景描写が多すぎと思えるくらい。それほどに文字のみで風景を描くことに特化した作品であると思えた。登場人物がいかに美しい風景を目にしているのか私の頭の中にも想像が出来る。

 主人公が自然風景のこれだけ美しいのを真に理解できるのは死を目前にした者に限るといった内容の考えを口にする部分を読むと、これはなにやら心理の奥深い所を突いたことを言うなと感心した。私はそこまで自然の美に対して一生懸命に考えたこともなかった。まだまだ元気な私なのでもっと成熟してそして命の終わりを感じるようになってからやっと自然の真の美しさを目にすることができるのだろうかと深く考えてしまった。

 節子の症状はかなり悪いにも関わらず恋人の二人はとても幸せそうなのが救いである。節子が主人公に寄り添って残りの人生を歩もうとするのが健気で良い。切羽詰まった状態であると思われるのに二人はすごく落ち着いた熟年カップルみたいに貫禄があったと思える。普通ならこの状況なら不安や恐怖でもっと取り乱したり、沈鬱になったりすると思える。冷静に死を意識した上で生に向き合っている二人だと思った。

 節子の死後、主人公が山小屋で一人生活する内にも死んだ節子をそばに感じていることが悲しくてならない。庭から雉が見えた時に節子が側にいるものと思って「あそこに雉が見えるよ」と誰もいないのに人に教えるように言うシーンは切なすぎる。

 主人公は自分で好んで口にする「風立ちぬ、いざ生きめやも」の言葉通り愛する者を失ってもなお強く生きていこうと決心する。これは力強い良い言葉だと思った。

 悲しいお話だけれど最後には主人公の死を乗り越えての生への希望が見えたので後味の良い作品であった。

 

「菜穂子」について

 「菜穂子」も宮崎アニメと関連がある。小説風立ちぬのヒロインの名が節子だが宮崎アニメではヒロインの名が菜穂子になっている。考えてみると節子という名の登場人物は「火垂るの墓」で既出なので同じく堀辰雄作品からもらったこっちの名前に変えたのかもしれない。

 「菜穂子」は主人公菜穂子と母との不和から始まり、母への反発から勝手に菜穂子が縁談話を進めて嫁いで行く、嫁いだ先で向こうの家に馴染めていないといった風に順調に破滅に向かっていく感じの物語の持ち運びであった。そして嫁いだ後に菜穂子は喀血を起こし、こちらの作品でもまた結核によるサナトリウム生活へとステージを移していく。

 登場するのは菜穂子、その母、菜穂子の幼馴染の明、菜穂子の夫圭介、圭介の母が主なる人物である。話全体が暗い感じがするのが登場人物が皆、なにやらもやもやする鬱屈とした心情であるからだ。菜穂子は母の元を離れて結婚しても幸せになれないし、明は社会生活に疲れて悩みを感じている。そういったように登場人物が皆冴えない。

 加えて菜穂子の母は狭心症で死ぬし、菜穂子も結核にかかり、明も体調不良が続き会社を休むことになる。話し全体に渡って生に対して悩み苦しみ疲れる人の心情、病とそこから来る死をイメージさせる。

 人物の悩み、苦しむことの心理描写が読んでいて痛い。明の心の孤独を生めるのを求めるようにして旅するのはなんだかわかる気もするしやっぱりわからないとも思える。私もまだ人生経験が浅いものでそれは仕方ない。個人的に明に一番感情移入できた。

 明みたいな心中ではとても会社勤めできないだろうな。明の会社の社長が明の異変に気づいて休暇を出してくれるのを見て良く目の行き届いた社員ケアがしっかりしたところだなと感心した。ブラック企業なんてのがたくさんあると聞く今日の社会ではこういった会社は優良とされるのではないかと思った。

 こちらでも自然描写がすばらしい。暗い話の空気感の和らげるのに一役かっている。複雑な人間心理を描写した本格人間ロマンな一作であった。

 ラストは菜穂子が無断でサナトリウムを抜け出して夫に会いにきてホテルに泊まってそこで終わりを迎える。その後菜穂子はどうなったか、夫との関係はどうなったのかなんてのは自由に想像ができる感じで果たして希望に満ちたエンドなのかただ破滅を極めるバッドエンドだったのか判別がつかない。なんかもやもやするエンドだった。

 これを読んで、とりあえず母と仲違いなどしない円満な家庭環境を保とうと私は思った。母との不和は破滅への第一歩である。