こしのり漫遊記

楽しいことが大好き。それをするため一生懸命生きるだけ。

小学生が登校拒否を決めこむことについて自分なりにちょっと想うこと

 登校拒否。たまに遠くの方から聞こえるワードではあるが、私の生活には無関係なものだった。なので興味もなかったのだが、最近はちょっとだけ身近に感じることも。てなわけでちょっとだけ気になるようになったかも。

 私は拒否ったことがないし、身内や同級生にもそれはいなかったので、事のリアルについてはまるで分かっていない。であればファンタジーの感覚に近いものだと考えることも出来る。そんなふんわりした感じで今日はその話題に触れて行くしかない。

 

 春になって親戚の子が小学校に入学したというのだが、始まって早々にもう行きたくねぇを言うようになったそうな。まぁそういうこともあるのかな。しかし不登校の希望を出すにしては早いなぁ。見限りが早い。

 これを受けて私は、不謹慎かもだがちょっと面白いと思えた。他の子とちょっと違う反応ならちょこっとは興味が出るよな。

 

 ここで自分の義務教育時代について思い出してみよう。小学校の頃なんて記憶がめちゃくちゃ断片的で、まとまった濃いものが出てこない。入学の時なんて何も覚えていないくらい。入学が楽しみだった、逆にメンドイ、緊張するとか怖いなど、何れも感じた記憶がない。

 小学校って通っている時には別段不満が無かったはずなんだよな。だって皆勤賞で学校をサボろうと思ったこともなかった。ていうか登校を拒否するという選択肢もあったんだなぁ。これまで拒否なんて考えたこともなかったからな。その選択も出来るならやることを考えたかも。

 めちゃくちゃ面白かったということはなかった。だってそっち方向で記憶していない。振り返ってみればやっぱりつまんなかったのではないかと思う。今が楽しいこともあって、またあの日に帰りたいとは絶対に思わない。

 かといって当時別段不満を吐いてサボろうと思わなかったものだから、行くのが普通であって、そこにいるのが吐く程不快なこともなかったわけだ。期間限定ではあるが、良くも悪くも居心地としては及第点な青春の基地だったわけだな。

 

 ここにいるのがクソほど嫌な気持ちとはどんなだろうか。さっきまで保育園、幼稚園通いだったヤツからすれば、明らかに環境が変わることで戸惑いくらいはあるかもしれない。

 新しく始まるのは、お勉強を学ぶ授業、知らんヤツらとの人間関係、長い通学路を行く朝の面倒などなど。まぁ入学すればそれなりに新しいことが待っているから、拒否るならそのどれかが嫌になってのことだろう。で、いきなり行きたくないを言うんだな。

 まだ小学生のガキの段階からそこの変化を感じ取って明確に拒否反応を出すのって、ある意味では物事に対して敏感に反応できる能力があるってことだよな。私の場合はそこに関しては割と鈍かったようで、特になんも考えず流れに任せるままだったのかも。

 まぁ通学路はホント嫌だったけどね。学校が遠すぎたんだよ。チャリかキックボードをこっそり使おうと思ったくらいだし。

 クラスの人間は小学校でお初の連中ばかり。ほぼ皆知らん状態からクラス生活を始めたのだけど、人間関係でなにか戸惑ったこともなかったな。あまり人を気にしない人間だったんだよな。

 今思えば、初めて会うヤツとどうやって打ち解けて関わっていたのだろうか。うちのお兄ちゃんからは「お前は割と距離感がバグっているから最初から近いんだよ」とツッコまれたことがある。そんな昨日まで一緒にいた仲的なノリで知らんヤツらの群れに呑気に突っ込んでいたのかも。

 

 分かりやすくイジメでもがあればそりゃ当然嫌な場所となり、行きたくない気持ちになるだろう。だがまだそんな関係もない内から行きたくないを言う子が出て来ている状況だから、一体何が原因なのだろうか。

 集団生活がまるで駄目なのかな。私もクラスでまとまって何かをする時には、まとまりの中に入らないようにしていたくらいにそれを面倒に思っていた。でもそれもやり口によっては自然に行けるもので、集団の中央にはいないおまけでいるのが当たり前のポジに居座っていれば、特に周囲からツッコミが来ることもなかった。

 従来の「皆と足並みをあわせて上手くやっていく」をやっていないのが常という形でクラスに馴染んでいれば、それはそれで集団として波風のない良い形で行けるんだよね。

 手前味噌なことだが、皆と上手くやって行くを上手いことやらずにスルー出来ているというちょっとイレギュラーな集団生活のコツを会得していたのかもしれない。確かになにかのイベントって基本的には後方に控えてなるたけ不参加の感じでいたけど、特に問題なく皆勤賞だったんだよね。その感じで何か苦に感じることも無かったし。

 積極的に物事に突っ込んでいくことをしないポジでいることに積極的である。というややこしい積極性持ちで、特に消極的な心で生きることはしなかった。思えば上手いこと心が鈍感で行動には主体性があったのかもしれない。

 まぁこの心でいれば面倒な集団生活でもやっていけますね。学校側が本来の目的としていたことであろう協調性や帰属意識が全然育たたないままに切り抜ける集団生活術だったな。

 そんな感じでマジでテキトーにしていればクラスの人間関係なんてのは問題ないんだけどね。

 

 聞いた話によると、人が多いというだけで嫌な気分になる子もいるとか。なるほど、そういうこともあるのか。

 都会のモンスター校だとその問題からは逃れられないことだろうな。私の父や従兄弟はバカデカい小学校に通っていて、1学年で100人以上余裕でいたとか言っていたな。じゃあ全校で500も600もいるわけだろ。卒業まで一度も顔を会わせない、喋ったことがないヤツだってザラにいたという。ゴミほど大量に子供が集まっているのか。すげぇな。

 そこと比べて私なんて山の中みたいな所にある学校に通っていたから子供が少なかった。1学年は行っても30くらいかな。全校で150人くらいか、それ以下かな。クラス替えなんて当然なかった。

 人は少なかったから多過ぎることで困ったはない。それは良いことだったかもしれない。

 

 学校に行きたくないという子どもは意志が固まってるから、朝になっても家から動かないらしい。そこまで強固な思いがあるのもまたすごいなぁ。私ならイヤイヤを言って大人から面倒くさいことを言われるくらいなら、さっさと学校に行って寝て昼には給食を食ってまた寝てをするか~くらいになるわ。まぁ実際そんな感じだったし。

「私が小学校の時はどうだった?」とうちのお兄ちゃんに尋ねると、何も考えてないボケ~とした感じだったと言われた。それはそれで酷い。

 

 青春において学校なんてものが占めるウェイトなどわずかであり、私はとにかく好きなこと、やりたいことをやりまくるのに全振りだった。だから子供時代はずっと楽しかった。

 嫌なことをやる、向き合うの心を決めるターンは短く、やりたいことだけやるの選択でいたから悩みが少なかったようです。まぁとにかく勝手なんだわ。

 まぁ勉強なんてマジでテキトーで良かったし、人と話す、揉める共に割と得意で問題がなかった。勉強と暴力はそれぞれ嫌いなんだけど、個人の趣味とは関係なくやる分には得意だった。そのお陰もあって上手いこと学校の面倒はクリア出来ましたな。頭と腕力、両方あればあらゆる揉め事の解決に有利となります。

 あと給食は全部美味しく食べて楽しかったしで、親が気にすることも特になかったみたい。たまに元気が良すぎることで学校の窓ガラスを割って帰ってくることがあったが、その弁償代だけはどうしてやろうかと思ったことがあったみたいだけど。そこは長年の親孝行でもうペイ出来たかな。学校のガラスはマジで厄介な額に届くからなるたけ割るな。

 

 こうして学校の後の世界が楽しいと知った今となれば、小学校ってマジでしょうもない所だったんだなぁ~と思う。じゃあ行きたくねぇを言う奴の気持ちもまぁ分かる。

 あそこで得た学びってのは、行っている当時だと分かんないだろうなぁ。だってまだ幼いからここで得た情報以上のことを知らないし、これ以上の学び、社会の現場があるとも知らない。チビのガキからすれば、あんな汚い校舎の中に広がる世界が社会の全部くらいになっていたんだな。それはなんともミニマム規模過ぎて滑稽な話だ。

 今振り返れる学びなら、人生は有限であるってことだな。有限の中にあって無限はありえないので、貴重な人生の中でなにかを失う判断はなるたけ潰して行かねばならない。その気づきが得られたことは貴重な体験。

 小学校の時間は後になればマジでつまらなかった。それは分かった。ではそこを出た先の人生では、そのつまらないを選ばないよう慎重に選択肢を選んでいかねばならない。その慎重さが身につきました。

 正義と悪ってのは、両方を知っているからどちらかの勢力に分かれることが出来るものだ。では楽しい、つまらないも両方を知っていないと、どっちを選んだ方が吉か分からないわけだ。 

 小学校とは、有限の時間の中で最上位の「つまらない」を提供してくれる場所だった。それは実感しないことには絶対に分からないことだ。それを知ったからこそ私は「つまらない」という感覚が恐怖に匹敵するヤバいものだと学べた。この気付きが得られることが、小学校の存在する価値だ。これは知っておいて損はない。知ることによってその先の損を潰していけるから。

 

 小学校がつまらないと心から信じる諸君、それが分かったならお得だったな。でないとつまらんも楽しいも分からないままずっと流れに流される思考なしのロボットみたいな空っぽ時間を行くのみの虚しい命になっていたぞ。

 やはり思考することだな。思考こそが魂の呼吸だから。それが止まることは、心臓が止まるよりずっと悲しいことだ。

 まぁ思考の末にそうなったなら、登校拒否の一発くらい決め込むのも決して悪いことではないのかな。ある意味才能として見れるのかも。エジソンとかも拒否っていたと聞くし。逆に見込みがあるというパターンも無きにしもあらず。

 

 ホント、今思えば小学校なんてなぜ毎日、それも同期の誰よりも通っていたのかと不思議に思うわ。つまらんを全回避して楽しいばかりを行きたい私こそ一番拒否って良いところだろうに。もし今からまた入学して来いってことになったら絶対拒否るわ。

 よくよく考えれば、文句なく通っているのもそれはそれでどういうことだ?変じゃね?ともなってくるなぁ。もしかして、ちゃんとココは嫌な場所と分かって拒否れる判断が出来る方が正常なのでは?もうなんか分からんことになってくる深さがある問題だな。

 私が振り返って色々考察する内容もまた隠れたカリキュラムってやつで通るものなんじゃないかな。いつだって楽しいを教えるだけが教育じゃない。その外側があるというリアルを伝えるのもまた教育の役目。教育とは真実を伝えることだから。

  

 不登校なんて心の甘えだろ!人生舐めんな!と言う大人も一定数いることだろう。子供にとって一番身近な大人となる親や先生もそれを言うならキツいだろうな。

 私は登校拒否をしたことがないため、それが甘えの気持ちから来るのかどうかは知らない。だからといって全部行くのが苦行を踏破した精神的な猛者なのかといえばそれも違うと思う。

 私はおサボり無しの全出席だったわけだが、それが別段厳しいとも偉いとも思っちゃいない。休みなく行くならそれも良いことだが、元気に通った者が全部まともかといえばそれも違う。

 学校に行かないのが問題の全てではないのだろう。それに至る複雑怪奇な子供心理の理解が大人にとっての課題みたい。

 うちの親も兄弟も私については何を考えているのか分からないので、別に問題を起こさない分には深く理解しなくても良いか~ってな感じだったみたい。ある段階からは放任主義でいた。それもそれで良き家族間の距離の取り方なのかもしれない。

 

 まぁ不登校でも何でもやる分には自由だから好きにしてって感じ。ただせっかく生まれたんだからつまんないことをしていないで、これぞ最上といえる楽しいなにかを掴んでねとは思う。どうせ行かないなら、学校に行くよりずっと面白いことをした方が良いに決まっている。むしろ学校に行っているお前らよりこんだけ充実しているわ!くらい言える図太いリア充になって下さい。

 てなことを学校や親にとって一番都合が良くて扱いやすい皆勤賞の優等生が言う。そんな時代になりました。

 

 学校なんてマジで世界の一部に過ぎず、地球儀で見れば塵みたいなものだから。今思えばホントゴミみたいなものだったし。ってそれは言い過ぎか?

 だからまぁそんなに悩まず気を張らずとりあえず笑顔を作っていこう。春はなんだかんだ新しいことが始まってダルいを言いがちだけど、心はそのくらいの緩さで行けばいいんじゃない?

 

 

 

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