こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

春に思うこと そういや学校のクラス替えって誰がどうやって決めてたんだろ

 基本的に日本のニュースならヤフーサイトでしか知ることがありません。わざわざ世間様の動きを知ろうとテレビや新聞を見るのも面倒だ。ヤフーのニュースならさっくり知れるよね。

 

 扱うネタ、肝心な中身の文章表現テク、共にしょうもない。誤字脱字、誤植、そもそも嘘であるなどなど、読み物としてのクオリティは大変低く設定さている。だがそれを求めて見に行っちゃう私がいる。ゴジップ好き根性ですね。

 最近は性格と趣味嗜好がひん曲がったのか、どうにもこの手の「しょうもない」を敢えて掴みに行きたい衝動に駆られる。人間も色々極めると、逆に極まりの足りなさが極まった(←結局どっち?)何かを求めるようになるってことなんだな。自らの人生で体感しないことには分からぬ謎の境地である。

 私がクソゲー、クソアニメを好むマインドがこういう場所でもガンガン出ている。何にでも何らかのユーモアと価値を見出す前向きなマインドだな。そうして自分を、または自分で選んだコンテンツを意地でも肯定しにかかるのだ。

 かくいう私もこのようににしょうもない事を言ったりやったり書いたりするのが好きだからどうしようもない。

 

 そんなヤフーニュースのネタで最近「気になります!」となったのが、どこぞの学校でクラス替えをミスってまたやり直したという件。そんなことある?

 学問の現場にはとかく誤りが多いものだ。その誤りを受け入れて成功への糧とするのもまた学問。学問の世界は全く浅くなく、超深いのだ。

 その学問を受けるためのチーム決めの段階でミスるとは初歩の事故。車に乗ろうってのにそもそも免許を取っていなかった~とか思い出すくらい間抜けな出だし。

 こういうことは珍しいと聞く。確かに一回決まったのにやっぱりメンバーを替えますなんてことは無いよな。

 

 このニュースを知って思ったけど、そもそもあれって誰がどうやって決めているのだろう。

 クラス替えを経て新学期を迎えていた当時はなんとも思わなかったし、そもそも誰がいて誰がいないということに興味も無かったなぁ。なんとなくこのクラスに行けと言われた通りに行くだけみたいな、別段盛り上がるイベントでもなかったような。

 私の場合は、クラス替え無しの学校にも在籍したことがあるので、人よりクラス替えを経験した回数が少ないんだよな。つうわけでより思い入れがないイベント。

 

 あれを選ぶのに何かしらのデータを反映したりして大人が何かを考えているなんて露ほども考えたことがない。

 くじを引くとか、ある程度は先生の趣味とかで決まることもあるのかな。成績を考慮してクラスの学力バランスを考えることがあるとか何かの作品で聴いたことがあるような気もするが、私の学校だとその感じではなかったような。まぁそこのことを言えば皆どんぐりなり松ぼっくりの背比べ状態だものなぁ。

 

 クラス決めの方法の事は結局分からずじまいだが、クラス内で何かをやる際の班決めの基準、課題発表の順番決めについてなら聞いたことがある。子供が自分でメンバーを選んで班決めするパターンもあるが、先生がメンバーを決めて異論を挟む余地がないパターンも結構あった。

 その際には「どうやって決めてんのさ?」とタメ口で質問を飛ばしたことがある。こういう場合には、ある程度生徒同士の関係性とか相性も考慮しているとか。

 例えば、こことここは普段関わりがないから敢えて組ますことがあるという。それには、課題を通して親しくない人間とも必要とあらば円滑なチームワーク形成が出来るようにする狙いがあるという。

 これにはおおぅ~!となった。先生もただの中年と思いきや、それなりに考えを持っている。確かに会社に行くようになれば、人を見て好きだ嫌いだのを言うのは封じてチームメンバーとして協力しないと給料がもらえないという場面も高い確率でやって来る。終始仲良しこよしで行けるようにセットするのが教育として正義かといえば、必ずしもそうではないのだな。

 

 で、私の場合なのだが、ぶっちゃけどういう人間か分からんとのことで、先に分かる人間で組み合わせを考えたら、最後に残った所にぶっ込んだみたいな事を言われた。まぁどの人間ともテキトーな関係性だったから、やはりその対応もテキトーだったらしい。じゃあ先生の分析は正しいわけだ。

 

 いつも気になっていたのだが、課題発表会の際、高確率で私は1番に指名されていた。これは小学校から始まってずっとそう。 

 さすがに気になったので、ある時先生に尋ねたみた。やはりタメ口で「どうやって決めてんのさ?」と。

 するとちゃんと理由があった。大人もバカではない。

 

 まずこういうのは全員が緊張してかかる。普段から全員の目が自分に集まる事に慣れていないためにそうなる。

 その空気感は良いのだが、それに飲まれて良いパフォーマンスが出来なくなる者もいる。よくあるのが過度の緊張で声が出ない、硬直する、吃音が出る、最悪の場合は泣くことだってある。

 そういう中で一人目がスムーズに決めてくれるとその後も順調に続きやすい。私の発表内容が優秀だとか、発表態度が素晴らしいというわけで1番手に指名するのはちょっと違う。逆に一人目がそれなら評価基準が最初から高まって次が余計に緊張する。

 まず人前で緊張せず楽にこなす。程よく気が抜けた喋りとテンションの中で、微妙にフザケている。確かに笑いを誘うウケも取るっちゃ取ります。その感じで発表内容も無難なクオリティで目立った手落ちもない。まぁとにか一同が無駄に厳粛な場と設定している会場の空気感をブレークしにかかる作用があるらしい。

 そうなればなんだかんだ後の者がリラックスして臨みやすい。だから一番手らしい。

 

 へぇ~、先生がいい感じにこちらの技量や人間性を上げて下げての分析をしてくれているのだな。

 こんな感じであくまで空気感としてクラスの流れを決めてくれる者があれば、教師的には良きコマになるみたいだ。まぁそういう使われ方なら良いだろう。

 聞いたらある程度納得。だからトリは皆無の一番手ばかりなのだ。実際のところ、程よく場が和んで次がスムーズに続きやすくなることで「ありがたい」と先生から言われたこともある。うむ、だったら意図せずクラスに貢献していたということになるので、私グッジョブだ。

 

 で、そんな先生も判断をミスってクラス替えの結果がヤバいと後で気づくことがあるのだそうな。

 今回のニュースだと、クラス替えをもう一回やり直すから予定通り授業がスタート出来ない結果になったとか。これはレアパターンだよな。

 教室で授業を受けようにも、クラスが決まっていないなら自分の座る席もないわけだ。どんな感じなんだろう?

 でも新学期早々授業がお休みになるのは、生徒的には嬉しいのかも。そのツケが後で周ってきそうな気もするけど。

 

 何が駄目でやり直しになったかというと、最初に決まったクラスだと人間関係に問題があったからだという。まぁそりゃいくらかはあるだろうさ。ゴミほどたくさん生徒がいるのだから。

 これの内容についてなのだが、どういうことだろ?

 こいつとこいつが同じ空間にいたら核融合反応が起きて学校が終わるとか、そういうヤバさをイメージしてしまうが、そんなアホなことが実際にあるわけがない。

 あとは学校側がそれと知らずに、同じ学区にいた異母兄弟同士を同じクラスにしてしまったとか。生徒同士が顔を会わせる度に、生まれた腹に関するストーリーを回顧することを思うと、確かに精神状態的に良くないかもしれない。そうなれば授業どころじゃなく学業成績にも悪い影響が出るかもしれない。というマンガでありそうだけど、リアルではまず無いような都合も想像してしまった。私の脳みそも調子良く動いているようだ。

 

 まぁそこまでの都合があって親からツッコまれたらとしたら、学校側としては「黙ってろ」を言うわけにもいかず、言う事を聞いた方が良い感じになるのかも。

 学校側もシビアな判断を求められて大変だな。私の経験上だとクラス替えで何か問題があったことはないから、まさかこういう所で問題が発生するとは思わないものな。なので今回のニュースは珍しくて新鮮だった。

 

 でもまぁクラスなんて1年だけの期間限定チームにすぎない。後になって振り返れば、人生という長きストーリー上においてうたかたの時でしかない。だからそんなに難しく考えずに気楽に行こう!←と全員が全員そう出来れば、今回のような騒動など世界のどこにも起きるわけがない。

 まぁ人それぞれ色々あるという理解も持っておこう。

 

 というわけで人間関係含め生活環境が色々変わる春はワクワクもありだが、新たな面倒到来の時期でもあったりするわけだ。なんにせよ春は退屈知らずな人生の捗り時。私もこの春を楽しもうと思います。

 

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