こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

中国古典を漁ろう「李陵・山月記」

 

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 中国古典作品を元に書かれた小説作品なので当然にして人物、地名その他もろもろのワードが小難しい漢字で書かれる。開いたページが漢字まみれだと活字に慣れない方は遠慮したいと思うかもしれないが集中して読めばいける。

 読み進めるのに少々不自由をするかもしれないがその分読む価値のあるすばらしい作品である。 

李陵・山月記 (新潮文庫)
李陵・山月記 (新潮文庫)
 

 表紙がすごく好き。 

 

 

山月記

 「人虎伝」を下敷きにした中島敦による短編小説。去年放送したアニメ「文豪ストレイドッグス」でメインのキャラが虎に変身して闘ったのが記憶に新しい。あれの元ネタである。話がそれるが文豪達を存分にフューチャーしたアニメだったので文学好きの私は「よくぞコレをやってのけた」と思ってちょっと嬉しかった。でも、出てくるのが大昔の人ばかりで見ている人達は「誰?」と思うだけで絶対元ネタなる人物のことを知らないよねとも思って見ていた。若者諸君、文学離れするでないぞ!

 主人公の李徴は学業優秀で若くして役人の地位につくが、自信家のためにそんな地位に甘んずることは出来ず、詩人を目指すために退職して人との交流を絶って作品を作り続けた。しかし詩人への道はそう容易いものでなく手がけた作品はヒットを見ず、そうこうしている内に食う物に困る身分になり結局夢叶わずで生活のため再び役人として復帰することになる。かつて自分より劣っていたために李徴が相手にもしていなかった同僚達は李徴が職を離れている間に出世してしまっていた。自分以下と思っていた相手よりも下の地位になってしまった李徴の自尊心は非常に傷ついた。

 なかなかショッキングな目にあって、絶望や無念の重きストレスを抱えた李徴はある日の闇夜に姿をくらまし所在が謎のままに時がすぎる。

 その後通りに人食い虎が出現するという噂が広まる。ある日、李徴の旧友 袁傪(えんさん)が旅の途中に例の虎に出くわす。なんとその虎は行方不明の李徴その人であった。

 この話の核となるは虎化した後の李徴の心の叫びを吐露する部分。何故虎になったのか明らかでないが、李徴なりに自己解析をしてその理由を導き出している。高いプライドを持つ故に同僚を馬鹿にし、そうした人物達と横一線に並ぶのは卑しいことだと思ったこと、身の丈以上の地位と栄誉を得ようとして欲に走ったこと、それらの奢った感情を持つことを心に獣を飼うことだと李徴は受け止めている。内なる獣が外にもその姿を現し本人が虎になったのた、

 だんだん人としての意識が消え去り獣と成り下がっていく恐怖と悲しみの中で、自分が詩人として大成しなかったことへの悔いが残り、なんらかの形にして世に残したいと想い、口頭で袁傪に作った詩の内容を伝えるシーンは切ない。恐ろしき虎の姿を見られたくないために林越しに袁傪とやり取りを行うのが涙を誘った。人としての意識が消え入りそうな中でどうしても作品を世に残さないと死んでも死に切れないという作家としての最後の魂を燃やすのには胸を打たれた。

 本作は誰しもが心に宿す可能性のある内なる獣の危険性を訴えていると私は受け取った。

 

李陵

 中心人物は表題にもある漢の国の武人李陵、文人司馬遷匈奴へ使節として派遣された蘇武の三人。三者三様に厳しい運命の中であってもたくましく生きていく様が描かれる。

 前半部分の李陵らの軍と敵の匈奴遊牧民族の国)達との苛烈極まる熱戦の描きようといったら、挿絵の一枚も無いのにありありと目の前に戦場風景が見えるかのような鮮やかな描写であった。

 李陵の敵軍の捕虜になりながらの苦悶する生活上での心理描写の描き方はすばらしい。

 勇敢に戦った後に敗れた恥ずべきところの無い人物と言える李陵に対して、本国はいい加減な憶測で裏切り者の名を着せて国に残った李陵の親類を皆殺しにする。李陵が捕虜となった後に匈奴の内実が描かれる。漢の国と比べて敵の匈奴の方が高潔なる民族だと思った。李陵は敵軍を通して自国の国政の腐敗を実感したのだと思う。体面を整えることにばかり気をくばりその内面は腐っているという人の愚かさをそれとなく暴いている作品だとも言える。

 正しき人であった李陵を弁護したために司馬遷宮刑に処せられる。司馬遷は悪くないのにこんな仕打ちを受けるかねと思った。この宮刑と言うのは男児男児たるパーツとグッバイするという血の気も引く程の恐ろしい刑である。所謂去勢というやつである。日本では聞かない宮刑に関する生々しいお話が書かれているのもトラウマ的に印象づけられた。大昔とはいえこの国の刑罰が重すぎる。いかれた世の中もあったもんだと思わずにいられない。

 刑を受けて以降の司馬遷は「史記」完成に向けて異常なまでに執念を燃やして作業に取り掛かる。この「史記」完成への執念は鬼がかってすごい。

 蘇武もあくまで漢からの使節の体面を捨てない、絶対に敵に降伏の意思を示さない堅い意志を持っている。

 三人の人物の運命に立ち向かう様をドラマティックに描いていた一作であった。