こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

貧しき人々の悲哀のミステリー「飢餓海峡」

飢餓海峡」は、1965年に公開された日本映画。

 

 有名な映画なので以前から名前は知っていたが、見たこともなければ内容も知らなかった。そんな今作を2020年にもなってやっと視聴わけだが、これが大変面白かった。

 

 以前楽しんだ「宮本武蔵」シリーズの内田吐夢監督作品ということで、作りは素晴らしいものになっていた。

 

飢餓海峡

 

 まずはシナリオだけでも面白そうと思えるものだった。

 

内容

 物語は昭和22年の北海道の地からスタートする。

 台風によって連絡船が転覆し、多くの人間が命を落とす事件が起きる。それと同時期に、丘では質屋一家が殺害され、証拠隠滅のため質屋に放たれた火が街中を巻き込む大火事が起きる。

 

 連絡船の乗客の死体を引き上げると、乗客者リストにはいない者の死体まで上がり、死体の数が合わなくなる。引き取り人が来ない謎の死体が2つ残り、これが質屋を襲った三人組強盗の内の二人だと判明する。となると、残った一人が金欲しさに二人を殺して逃げ伸びたと推測され、北海道警察は残った一人の行方を追う。

 

 逃げ延びた男 犬飼は、北海道を脱して青森で娼婦の八重と一夜を共にし、彼女に大金を置いて姿を消す。警察が八重を訪ねてくるが、八重は犬飼を庇って真実を与えなかった。

 

 犬飼にもらった大金を手にした八重が東京に進出してから10年後、八重は犬飼そっくりの実業家 樽見京一郎の存在を知り彼の元を訪ねる。

 樽見は、自分と犬飼は似ているだけの別人だと言うが、八重はその嘘を見抜く。自分の過去を知る存在である八重をこのままにしておけない樽見は八重を殺してしまう。

 

 その後警察の執拗な捜査が入り、樽見の罪、人となりが明らかになる。

 逮捕するまでの過程で、貧しい生い立ちを持つ樽見人間性や心理が浮き彫りになってくる。

 

 八重を弔うため北海道の海に花を投げる時、樽見は警察の監視の目を盗み、海に身を投げて死す。

 

感想

 海と陸、同時期に起きた2つの事件の裏に暗躍する影の存在が浮き彫りになるとっかかりから心を掴むものがある。これは大ミステリーに膨らむであろう要素だと予想できる。

 

 犬飼改め樽見を演じた主演男優 三國連太郎の怪演が光っていた。最初はまるで浮浪者のような格好と髭面で来るのに、樽見京一郎として会社経営に成功してからは小綺麗にスーツで決めてくる。作中の前後で雰囲気が大きく異るのは印象的だった。

 供述が本当であれば、犬飼は巻き添えを食っただけで強盗事件の主犯ではないが、それでも大金を得たことにビビって最初の方はどこかおどおどしていた。しかし樽見として刑事から尋問を受けた時には、実にのらりくらりと上手いこと追撃を交わす不気味なまでの余裕を見せる。前後で芝居が大きく違うあたり、名優の腕がしっかり出ている。

 警察が樽見を尋問するシーンはリアルで迫力があり、緊張の一幕となっていた。

 

 中盤から登場する若手刑事の味村を演じた若き日の高倉健は男前だった。若い段階でも既に貫禄がある。  

 

 事件から10年経っても執念で犬飼を追った弓坂刑事も良い味を出していた。

 仕事に一生懸命で家庭を省みなかった弓坂刑事の子供は反抗期ぽくなっていたが、弓坂刑事が東京に行く時には長男が餞別として金をくれるシーンにはうるりと来た。

 

 監督、役者含め、作品に関わった人間の大半が既にこの世を後にしている。それだけ古い作品だから、北海道、青森、東京など各舞台のどこを見ても本当に日本なのかというくらい見覚えがない。作中の景色、世間の状態を見ても、これが戦後の日本なのかという学びが得られる。

 

 東京のシーンでは、バレたら警察にしょっぴかれるような闇の商売もやっていたり、ヤクザが徘徊したりでとにかく治安が悪い。怖い。

 この時代特有のものか、「赤線」「青戦」というワードが出てくる。色々アウトなお水商売を行っている地域を指すワードらしい。見ればみる程「時代だなぁ」と思える作品だ。以前「空手バカ一代」で、戦後間もない日本の街の治安の悪さを見たことがあるが、こんな感じなんだと思った。

 他にも「配給通帳」「闇米」などのワードもこの時代特有のものだった。

 

 八重と会社の付き人男性を殺した犬飼が、二人の死体を海に捨てに行く時に運転する古のマシン「オート三輪」が走る映像を初めて見た。タイムスリップグリコのおまけでしか見たことがないオート三輪の駆動している映像を見れたのにちょっと感動した。

 あとは北海道のシーンでSLが走っているのも今では見れないもので印象的だった。どちらも乗ったことも見たこともない乗り物だ。

 

 途中で話は5年後に飛び、次には10年後に飛ぶ。その感、娼婦の身でありながらも信心深い八重は、自分の人生を変えてくれた犬飼との出会いと彼から得たお金を大事にしていた。人生を変えるきっかけをくれた犬飼の爪をいつまでも取っておく点は実に甲斐甲斐しい。時には犬飼の爪で自分の頬を引っ掻いて悦に入るという特殊な一人プレイを見せたりもしたが、心は清い良い娘だった。

 

 10年間もの間、たった一人だけ自分の味方をしてくれた八重を勘違いから殺してしまう犬飼の運命が悲しいものだった。

 

 警察が犬飼の生い立ちを追う中で、貧しい暮らしをする人間の悲しみというものが見えてくる。善意ある貧しき人間の悲しき心理が見え隠れする点が物語に深みを与えている。

 10年もの間逃げた逃亡犯を追うミステリーもの要素に加え、貧しい人生を送ってきた者のヒューマンストーリーも見せる点には社会派な要素を見ることが出来る。

 

 証拠がないので、警察に出頭しようがしまいが自分の意見は誰にも信じてもらえないという犬飼の意見には考えさせられる。人が罪を犯かすか犯さないかの証明など、所詮人ごときには判断できないというトルストイの小説でも言われるようなことを思った。

 

 樽見が海に身を投げるラストシーンでは、警察の監視が甘いだろうと思った。

 

 最初と最後の海の波を映すシーンは印象的で、なにか心寂しくなるものだった。カメラワークが良い。

 回想シーンと現在を区別するために特殊効果を使用する演出も古い作品にしては凝った感じがして良かった。

 

 飢餓海峡とはそこら辺に見られるものという序盤のナレーションは印象的。

 貧しさが悲哀の物語を導いた原因の一つである。悲しい物語を見ると、我々なんて平和で良い時代に生まれたものだとも思えた。

 

 3時間少々ある長い作品だが、大変おもしろく勉強にもなった。日本映画を見てこんなに関心したのも久しぶりだ。昨今の日本映画に冷めていたものだから、すごく古いけどすごく良い作品を見て良い刺激をもらった。

 

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