「ドラえもんカラー作品集」は、1999年から2006年まで刊行された全6巻のドラえもん漫画シリーズ。
これはしっかりとした紙にカラー印刷されたずしりと重めな良い本だな。このカラーシリーズドラえもん6冊がセットで我が家の倉庫から発見された。
最近は本の整理をしようとちょっとずつ頑張っていて、その中で気になったものは手にとってしっかり読んでいるのだ。つまりその間は作業が止まっているわけで。こういうラグをどうにかして作業をスムーズに進めるためにもドラえもんの便利道具の助けがあればと思う今日このごろ。
こちらの本の特徴は、メインで刊行されていたてんとう虫コミックスのドラえもん全45巻には未収録の作品を集めて掲載していること。しかもなるたけ当時の学習誌に連載されたカラーのままに収録することを心がけている。当時だと連載された本誌以外では未出の作品しかないわけだから、ドラえもんマニアには必須入手アイテムだったはず。
こちらは諸々特別仕様のため、普通のコミックスよりもお高い1冊750円での販売となった。ちびっ子が買うには割とキツい。
こうして1巻から改めて読んでいくと感慨深いものがある。1巻発売時にはドラえもん30周年だったのが、5巻の時には35周年になっている。6巻発売時にはそこも越えて更に歴史深まるものへとなっていく。本についている帯に周年マークがあるのでそういう事情も見えます。というかたった6冊を随分と長期間でリリースしたのだな。
ドラえもんは児童向け雑誌のお友達である。「小学◯年生」と数字が変わって種類が出ている小学生シリーズ雑誌に掲載された作品が集まっている。この小学何年生とかいう雑誌はどこかで見かけた覚えはあるが、実際に買って読んだことがないなぁ。自宅にある昔のドラえもんアニメの本放送を録画したVHSにその雑誌のCMが入っていたような気もする。CMだけは薄っすら覚えているものだな。
雑誌に漫画を載せるならカラーよりも先に白黒が基本の時代があったわけだから、古い時代のキャラクターには、ミッキーマウスや鉄腕アトムをはじめとした白黒カラーが基本のものが多い。カラー掲載を意識しないから、明るいカラーでキャラを描くことが念頭になかったわけだ。
そこで出て来たドラえもんというキャラは、当時としては珍しいブルーカラー。当時の児童向け雑誌には、背景や文字のカラーに基本として赤と黄色を使うあるあるがあったそうな。そこで残った三原色の内、青色をメインにしたカラーを出せばなんか見た目的に良いじゃないかとなるわけである。そういう都合から、ドラえもんの青色ボディは、雑誌的に映えるよう運命づけられた決定だったのだと言えよう。
そんなこんなの本を出す会社の都合が書かれたあとがきも大変勉強になるもので良かった。
で、メインの各話のお話だが、大変面白い。子供がサクッと読めるよう10ページもない間に起承転結をしっかり描いてすっきり落とすテンポ感が良い。この無駄のない構成はすごいな。
まずのび太のいつもの面倒事を描くところから始まり、便利道具が出てきて、それを使った落ちがハッピーだったりバッドだったりしてもとにかくすっきり落とすのが良し。
狭い町の中で起きる一騒ぎを、少数のキャラを用いて最短で描き切るこの才能はすごいです。私なんてついつい言いたいこと、書きたいことが長くなって結局なんだったっけ?となることも少なくないのに。マンガの長編と短編では描くテクニックが全然違ってくるのだな。
この6巻のみのシリーズでもなんて数を出すのだってくらいドラえもんの道具の数が多い。よくこんなことを何個も思いつくよな。それも一度に複数の雑誌にそれぞれ違うネタを描いていたというのがまたすごいことだ。頭が良くて仕事が出来る作家なのだな。
このシリーズで複数回あった展開なのだが、ドラえもんの道具で楽してお金を用意しようとしたら上手くいかないことがある。入れた物が増量されるカップの道具が出てくる回では、金も増量出来ると思ってジャイアンが100円玉を入れるのだが、めちゃくちゃデカい100円玉に変換されて出てきて「これでは使えないじゃないか」とがっかりする落ちになっている。上手い裏切りだな。
またある回では、夢の中で拾得したものを現実世界に持って帰ることが出来る道具が出てくる。その時、欲張りなのび太はドラえもんが印刷された100万円札なんて物を持って帰って来るが、額がデカすぎて店では使えない。ていうか偽札になるという落ちになっていた。
教養の作品だから、こうして道具で小狡いことを考えてはダメだよと告げているのもナイス。これらの落ちにはその要素があって良いな~と思えた。
これも上手いなと思ったのは、水が体を避けるようになる道具を使う回。水が絶対に体を避けて当たらないから雨に濡れない、海の中も歩けるという便利効果があるが、効果切れを待つまで体が濡れなきゃダメな風呂に入れない弱点を晒して落ちとなる。
これも良いなぁ~、先にこのスッキリな落ちから考えて道具を誕生させたのかと思った。
見た目としてちょっと変わり種な道具に「とうめいハンド」というものがある。ドラえもんがいつものようにポケットから何か出した風のアクションが取られるのだが、それはのび太にも読者にも見えない。第3の腕を体につけるアイテムであることから、何もないように見えるのみなのだ。これは描き手としては道具デザインがいらないことで楽も出来て、それをネタにひと捻りした内容も描けるナイスアイデアとなっていた。
のび太がしずかちゃんの家に遊びに行ったらファミコンとその対応ソフトの中でもかなり初期に出た「ベースボール」があると確認できる回があった。60年代後半から描かれている作品だし、このシリーズには70年代の作品が多くまとめられている。その都合を思えば、80年代初期に誕生した家庭用ゲーム機なんてのが出てくるまでになったのか~と日本における情報技術の進歩を感じずにはいられない。改めて古い漫画だよな。
それと漫画だとしずかちゃんが「しずちゃん」呼びだし、ごく初期の方ではしっかりキャラネームが固まっていなかったのか、しず子さんの時代もあった。ドラえもんはアニメか漫画、どっちに沼った派かといえば多分漫画なので、その身からすれば未だにしずかちゃん呼びに対してたまに違和感発動があるんだよな。
このシリーズの第5巻では、ドラえもんの初期中の初期の姿が見れる特に古い作品が収められている。のび太の孫の更に孫のせわしと共に現代日本にやってきた若き日のドラえもんはかなりおデブだった。後にもっとスマートな体型に収まるようになるのだが、初期だともっと丸っとしたデブ体型で行くことになっていたようだ。あとボディがテカテカしていて光沢が目立つ。丸っとしてテッカテカとなれば、なんだか生命力の強そうなおっさん的な感じがしなくもない。
そういやあったわと思い出した初期えもんの能力に、尻尾を引っ張ると透明になれるというものがある。透明モード発動シーンが見れる貴重な初期の画像がこの時代に見れるようになったのか~と思えば、当時のドラマニアには良いアイテムだなとこの本の価値を査定してみたりもした。
やっぱり絵が上手いよね。ドラえもんも他の子供達のキャラも可愛く描けている。
最近ドラえもんアニメを見ていないから余計に思うのだろうが、のび太ってやっぱりどうしようもないヤツだな。ジャイアン、スネ夫に酷い目に合わされているのはマジで可哀想とは思うけど、こいつも相当怠け者で精進が足りない。面倒くさがり屋すぎるのび太くんの人間性も問題だな。このダメさで笑える範囲に留まっているのがある種才能かもな。
最近だって異世界アニメなんかを見れば、ダメなクソ主人公がいて不快になることもあるのだが、のび太はなんだかんだ許せちゃうんだよな。そこの違いは何なのだろうか。
ジャイアンも改めてやっていることがヤバいよな。顔面にめり込むレベルのげんこつをぶち込んでくることで物理的にヤバい。暴力なしでもこっちに対してやってくる、言ってくる内容が理不尽過ぎる。よくよく考えたらこいつもヤバいよ。のび太もジャイアンも現実にはいないわ。でもスネ夫くらいのラインのヤツならちょっといそうなんだよな。
スネちゃまの圧倒的なお坊ちゃま感は各話でもよく出ているな。のび太の家は車がなくて親も乗らないわけだが、スネ夫の家はマイカーを持っていて、それで休日に旅行にも出かけている。結構お家の収入格差があるのかも。
そこら辺の都合で気の毒に思ったのは、とある回でのび太が車のおもちゃに紐を結びつけて引っ張って遊んでいるのに、その近くでスネ夫はラジコンカーで遊んでいたこと。子供のおもちゃを見ても経済格差だな。ラジコンはやっぱりおもちゃの花形だな~。
個人的に共感出来た家庭事情がある。のび太、ジャイアンが親から庭の草抜きをしろと言い渡されることが結構あるんだけど、あれは庭付きの家に住むガキには困った宿命だと言えよう。我が家も止せばいいのに無駄に広い庭があるから、いくらでもよそから種が飛んでくるようで、めっちゃ雑草が生えていた。それを引っこ抜くよう大人に言われるのは大変面倒なことだった。休みの日にあれを言われるのは嫌だよね。
ドラえもんの緩く楽しいこの感じはハマる。児童雑誌向けに短く簡単にまとめられた内容は、寝る前に数話をサクサク読んで行く分に向いて良し。
その感じでアニメでも漫画でもやはりドラえもんはスムーズに日本人の生活に溶け込むものだと再認識できた。さすが国民的作品として50年以上も親しまれたものだ。彼は日本の誇りっすね。
というわけで、久しぶりに漫画を読んでドラえもんワールドにまたハマってしまった話でした。
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