「キテレツ大百科」は、藤子不二雄によって1974年から連載されたマンガ。
皆大好きコロ助、ブタゴリラ、時々トンガリ&キテレツパパが登場するあの楽しいアニメにも原作マンガがあった。うちのお兄ちゃんは、キテレツのパパが微妙にブサイクだけど愛嬌がある顔で好きだと言っていました。
キテレツのアニメは我が家の秘蔵ビデオでガキの頃からもよく見たものだ。とにかくブタゴリラの存在感がすごくて、アイツが主役と言っても大間違いにはならない感じだったかも。主題歌にキャッチーなものが多く、いくつかは今でも歌えちゃう。
そんなこんなアニメでも有名になった作品だが、アニメスタートはなんと原作マンガが終わってから約10年後のことだったという。それはなんだかすごいことだな。そうなると映像化一回目の作品にしてもはや懐かしのリブート企画の仲間入りだな。
もう原作の全部が終わった後のアニメ化だから、連載中にマンガを買ってもらうための販促作品としてアニメを作る今の時代とはセールス展開が異なるのだな。まぁさっき見た変なアニメなんかは「これで果たして原作の販促になるのか?」と思えちゃう結構雑な映像化だったけど。
連載当時から漫画を見ていた者達は「今日から始まる新番組なのになんと懐かしい!」とか言っていたのではなかろうか。
連載開始時には勉三さんみたいに浪人生をしていたヤツもいたことだろう。そしてアニメになった時には、学校も出て家庭を持つようになっていたという者もいたことだろう。そうして作品とファンの成長を並べて想像してみると大変エモいではないか。とまぁ漫画の外のことでも感想が出てくる。
最近ではスタートエンターテイメントから新しく「KEY TO LIT(キテレツと読むらしい)」というグループも出てきたことで、令和になっても「キテレツ」のワードは若者に馴染んでいることだろう。
そのキテレツの原作マンガをこの度しっかり読んできました。今回読んだのはこちらの完全版となる「藤子・F・不二雄大全集」としてリリースされた全2巻のもの。この形態でのリリースでも15年くらい前のこと。めっちゃ古い漫画なんだな。
キテレツのアニメは8年くらい放送したというが、マンガは完全版でも全2巻と話数が少なく、連載期間もドラえもんみたいに長くない。
つうことはアニメだとほとんどがオリジナルだったわけだ。根っこ部分の設定とキャラがしっかりしていれば、あとはいくらでもいじってオリジナルを作り放題。それを叶える優秀さがあるのが藤子不二雄という作家。みたいなことを、アニメ化に関わった人間があとがきで書いていました。そういう点からも作品を見て勉強が出来たのでこの完全版は価値がある書物となりました。
こちらは大変楽しく可愛く、現代人に向けてもポップな作りとなっているためサクッと読みやすかった。やはりコロちゃんは今見ても可愛い。
秋の夜長には発明小僧の青春を見て楽しむに限る。というわけでキテレツを読んだ感想と行こう。
しかし私ってば、ほとんど毎日なにかしらの感想を思っては呟いてを歳を重ねているな。
内容
まだまだお外で遊びたい盛であろう若者のくせしてマニアックなことに機械イジリが好きな少年 木手英一(通称 キテレツ)が作品の主人公。
ある日キテレツは、江戸時代の発明家であった先祖 キテレツ斎の残した発明書、その名も「奇天烈大百科」を手にする。
和綴じの全4巻のボロボロ百科の中身は真っ白だった。だがキテレツ斎が残した不思議発明の「神通鏡」を通して見れば、そこには特殊インクで描かれた不思議発明の設計図が浮かんでくるのだ。
以降キテレツは、大百科に記された不思議な発明を作っては楽しい事をしたり、あとはそれが騒動に発展したりと、まぁ色々と充実した青春を過ごして行くのである。
大百科の知恵を借りて初っ端に作った可愛いロボ小僧のコロ助を相棒にし、彼の発明家道はどんどん長く太くなっていくのだ。
今ここに昭和日本のエジソン的小僧が誕生した。その活躍を刮目して見よ!
感想
そういえばサンバイザーというアイテムを初めて知ったのは、キテレツのファッションを見てのことだった。キテレツといえばサンバイザーと眼鏡。どちらも太陽光線から身を守る実用性アリなファッションアイテムになるのかもしれない。
このキテレツくんは根っからの発明好き小僧で、若い身でありながらもなかなかに極まったマニア心をその胸に宿している。発明に取りかかれば、飯が出来たと親が呼びに来ても受け付けず、完成するまでなら一晩中でも仕事を行う。すごい集中力だ。このマニア感には親近感が湧きます。
若い内からこのように一つのことに夢中になって極めようとするのは基本的に良いことだと思う。たらこ唇がちょっと可愛いキテレツのパパも、息子の一途で熱い発明家魂を肯定して褒めている。普通なら「いつまでもガラクタなんていじってないで早く飯を食え。それから勉強なりお外で遊ぶなりしてもっと子供らしくあれ!」とか言いそうなものだが、ここのパパは結構穏やかなもので息子の可能性を信じて育てる方針でいる。この点は家庭方針として平和で良いところだよな。うちのパパも私が好き勝手趣味をしていることに関しては、ほぼ意見せず穏やかに肯定しているから良かった良かった。
しかし、そうして一人の趣味ばかりやっていると、どうしても疎かになるのが同級生との仲間関係。これは私もそうだったので分かる話。
同級生でガールフレンドのみよちゃんが遊びに誘いに来ても、今発明の進行がいいところだからと言って断るのが平常運転。他の同級生達の間でもあいつは誘ってもどうせ発明にお熱で来ないだろみたいな流れが定番化しつつある。あんまりこうだとキテレツくんの人間関係が希薄になり、それはそれで後々人間的に問題となってくるのかもれない。とかいう何の心配?なツッコミと気づきがすぐにも出てくるマンガだった。キテレツはオタク度的に共感と親近感が持てるキャラ設定だったな。
面白いのがみよちゃんが七夕の行事に誘いに来たら他の日にしてくれと言って断ったこと。今日じゃなかったから七夕じゃないのだから以降誘っても意味ないやんけとみよちゃんが呟くがマジでそう。ちょっとおもしろい誘いの断り方だった。
あとみよちゃんはアニメの声の感じからちょっとの色っぽさと上品さがあって萌えでした。演じた本多知恵子の色気と萌えがある声が好きでした。ぶっちゃけドラえもんヒロインのしずかちゃんよりも萌え成分を感じています。
集中力が続かずに努力を怠り、いつだって人になんとかしてもらうのび太くんと違い、キテレツは全て己で人生を切り開いて行く。そこは何でもダルいダルい言って始めたことを貫徹出来ないサボり気質甚だしい現代人諸君はしっかり学んだ方が良い。私ってばZ世代に対して半分寛大で半分は厳しいんだよね。
セワシくんの先祖がのび太くんでなくキテレツだったらドラえもんの過去世界出勤はなかったのかもしれない。そんなことを思いながらニヤついて読んでいく。
受け身態勢でなく、能動的にガンガン行くキテレツは、藤子マンガ主人公の中でもかなりアクティブな一人だったのではなかろうか。
ドラえもんに不思議道具を与えられるのを待つばかりののび太と違い、キテレツは毎度自分で大百科に記載されたアイテムを作っていく。同じガキでもこの行動力の違いよ。キテレツは偉いしのび太よりイケメン。別にのび太アンチではなく、彼は彼で愛嬌がある人生のお友達の一人としてカウントしています。
とは言ってもあの大百科も大概チートな内容であり、四次元ポケットから出てくる未来発明と大差ないのかも。
次元を切り開く刀、スモールライトのようにものを小さくするアイテム、ガリバートンネルみたいなゲート、タイムマシンに土に潜れるマシン、月に行けるアイテムまで発明してしまう。まぁこっちはこっちで現代人が作るにしてはぶっ飛んだすごさの何でもあり状態だった。
思い出に残るのは、乗り物系発明の話。潜水艦で海に行く、タイムマシンで過去に飛ぶ、他には月に行くなど色々な場所を目指して冒険するが、その先でマシントラブルに合って帰れなくなるトラブルが起きがち。まぁそうでないとスリル冒険に繋がらないからそれは運命上仕方ないのかも。
それをコロ助がちゃんと覚えていて、キテレツの乗り物に乗ったらだいたい帰れなくなるとツッコんでくるのが面白い。コロちゃんも鳥頭かと思ったら痛い目に合ったことは覚えていてちゃんとツッコんでくるんだ。
あと雲に乗って遊ぶ回、映画撮影をして映画を作る回は、ドラえもんでもかなり似た話があったなと思い出した。
こちらではメインはキテレツ、コロ助、あとはみよちゃんくらいに固定されている。アニメだとここに加えてマザコンの星のトンガリ、八百屋の星のブタゴリラのダブルスターが輝きを放って幅を利かせているが、原作だとそこまで大きな存在でもない。
ブタゴリラは名前こそ多く登場するが脇寄りのキャラだし、トンガリに関してはトンガリっぽいのがいるけど絵柄が安定していないのか、なんだかシュッと細長いやつになっていることもあってアニメのように見た目、中身揃ってキャラ性が安定していない。
アニメだとブタゴリラの家は八百屋さんをしているが、マンガだと家の仕事のことを言及することはなかった。今思えばブタゴリラのパパとママもアニメ版では存在感が強かったな。
それから忘れてはいけないキテレツの名キャラといえば勉三さんがいるじゃないか。
彼も原作マンガに出てくるが、登場ターンは短め。キテレツとの関係は、キテレツが赤ん坊の頃からも面倒を見てくれたお兄さんということのよう。ここの家庭とこの不健康そうな浪人生お兄さんとの詳しい関係って何だったっけ?
思えば人生初の瓶底メガネキャラは勉三さんだったかもしれない。瓶底メガネキャラはメガネを取ってしまえばイケメンだったり美女だったりするが、勉三さんはそんなことはなくリアルを見せてくれるキャラだった。関係ないけど「おれいも」の瓶底メガネ女の沙織・バジーナはメガネを取ったらめっちゃ美少女だったな~という楽しい思い出が蘇った。
その勉三さんは意外とお早い顔見せとなり、第2回目からも出てくる。キテレツ大百科の発明にお世話になった人間の中では最速の一人に部類される。
勉三さん登場回では、勉強のしすぎで人生に疲れを感じている勉三さんを時間の檻の中から解放させてしっかり休ませる展開となった。それを可能にしたのが、時間という概念から一時的に離脱出来る「脱時機」だった。時間が止まった中で体をしっかり休めてリフレッシュさせる発明ゆえ、締め切りという時間の壁と戦う漫画家先生が考えつくにはめっちゃありそうなやつだな。藤子先生もこれの実現を常日頃から考えることがあったのかもしれない。私としても時間の制限が常に人生の壁となり、その解消が最大の課題にもなっているからこの回のメッセージ性には共感出来た。
その勉三さんもしっかり勉強しながら後には彼女も作ってと、なんだかんだ人生をエンジョイしていて何よりでした。
70年代前半のガキ達の日常とはこんな感じだったのか~と分かることから、今見れば歴史資料集のようにも見れる。
当時はコンピュータゲームのファミコンやSG-1000の到来までまだ10年も待たなければならない時代だし、微妙に都会のためか山みたいに子供が広々と遊ぶ場所にも難儀しているようだった。
雪が降ってスキーをする回では、空き地が狭くてまともに滑れねぇと子供が文句を言うシーンもあった。人が多い割に地球は狭いとか文句を言っているガキもいたし。こういう微妙に狭苦しい当時の都会に住む子供の遊び事情が知れるのもちょっと面白い。
あとキテレツよりもコロ助の方がスキーに海水浴にと、遊びに対して積極的だった。コロ助も能天気なもので、悩み事少なき活発なガキって感じで可愛かったな。
気になる最終回では、なんとキテレツ大百科が紛失してしまい、そのままグッバイとなる。
貴重な本なのに、キテレツママが何も書いていないボロボロの本だからと言ってキテレツの留守中に捨ててしまう。これだから留守中にママに部屋の掃除を任せるのは誤りの始まりなのだ。全て自分でやるべき。
特殊眼鏡でないと読めない特殊インクで書かれた本だということはキテレツが知るのみで親は知らんかったのか。説明しとけよ。
ゴミに出された大百科の行方を追うも、合間に色々面倒事があって結局回収は出来なかった。最終的に大百科は焼却されたようなので、その終わり方は寂しい。
当然キテレツは落ち込むが、あくなき発明心が鬱屈とした思いを跳ね除けることで、意外と早く落ち込み状態から復活する。落ち込んでも仕方ないので、これからは大百科が無くとも自分ですごい発明をして行くのだとキテレツは前を向く。これは素晴らしい心得だ。のび太ならもっと落ち込むターンが長くなったと思う。
キテレツ斎様の残した本が消えたことでちょっと寂しいが、その分キテレツの心が成長したのが見える良きラストだった。しかし大百科を消失させる落ちは意外だったな。
そういえばアニメみたいにコロ助とコロッケが関係する事がなかったな。キャベツはどうした?言われないよう常に冷蔵庫にストックしておこう。
とても良いマンガでした。先人におんぶに抱っこの依存ではなく、未来は今を生きる自分の力で切り開く。それが伝わるファイナルメッセージに感動しました。
大人への依存をいつかは卒業するのが人間の歩む道。中でも発明家はじめ何かしらのクリエイターは、それをもっと早い段階でやっていかねばならない。つうことは、こちらの名作を放った先生もまたそうだったのでしょう。やはり藤子作品は夢と教養が詰まったハイブリット文学。
それではこれからもコロッケとキャベツを食いながら自らの力で元気に楽しく人生をやって行くなり~!
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