こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

美に骨を埋める「ベニスに死す」

 「ベニスに死す」は、1971年に公開されたアメリカ、イタリア、フランスによる合作映画。

 

 以前原作小説を読んだ事があるから知っていたけど、これは素人向けな作品ではないなぁ。

 

 まず主人公は一般人には分からない感性や苦悩を持つ作家である。そしておっさんなのに美少年愛好家である。これらの要素はとっつきにくいものだろう。

 でも美を追う者のスピリットがしっかり描かれる点には、共感は出来ずとも説得性があると納得出来たりもする。 

 なんだかんだで熱のある結構好きな作品。

 

 そんな作品が映像になったというので見てみた。

 

ベニスに死す (字幕版)

 

 とにかく映像美に魅せられる。ベニスの海、街並み、宿泊先の屋内インテリアなど、舞台のどこを見ても美しい。当然だけど一発で日本ではないと分かる非日常感溢れる世界を見て楽しむ事が出来る。行ったことのない時間も距離も遠い綺麗な世界をお家でヒッソリ見て楽しめるのが良い。やはり映画の強みはそこにある。

 作風として全くライトではない今作を視覚的に楽しませる要素が美しい舞台にたっぷり含まれていた。

 そんな心の解放を促す映像による美に付随して楽しめるのが優雅な音楽。綺麗な景色のバックに響くマーラー交響曲の美しさが作品を盛り上げている。映像と音のマッチが素晴らしい。

 

 冒頭9分くらいはセリフというセリフもなく、美しい海や街がずっと映る構成になっている。なかなか本編に入っていかないスロースタートぶりが印象的。

 セリフで印象的な点と言えば、元々キャラが少ない上にメインキャラにもセリフが少ないこと。長い割にはセリフ台本が薄く済んだ映画ではなかろうか。

 

 老齢の作曲家アッシェンバッハと美少年のタッジオの二人がメインとなるが、二人のセリフでの負担はあまりない。喋り無しで魅せる演技のウェイトがデカい。こうなると逆に役者の本質が問われるのかもしれない。

 

 タッジオに魅せられて街を離れることが出来ないアッシェンバッハのなんとも言えない表情の芝居は記憶に残る。

 美しい物を見れば嬉しいと思うのが当然。でも悩める芸術家のアッシェンバッハには、家庭の事や音楽の仕事のスランプなど様々なモヤモヤがある。嬉しいばかりの反応には収まらない。そんな感じでずっと複雑な心境の主人公だった。

 

 アッシェンバッハはこんなものだろうなと思っていたが、タッジオは小説だともっと幼い少年を想像して読んでいた。しかし映画を見ると思った以上に美しく妖艶。この手のジャンルだったのか。「ベルサイユのばら」にでも出てきそうな感じのする美形だった。これは意外。

 これに心打たれてアッシェンバッハは熱視線を送る日々を続ける。ベニスには静養目的でやって来たのに、まさかの恋で心に負担が来るばかり。

 

 アッシェンバッハが熱い視線を送ってはタッジオもそれを感じ取る。その連続で二人がそこより先に関係を進めることはない。

 美の追求と言えば聞こえが良いが、アッシェンバッハのやっていることはストーカーと言って問題ないものだ。

 タッジオの方では絶対にアッシェンバッハに気づいている。アッシェンバッハのストーカー中に、タッジオは敢えて姿を見せたり、こちらを振り返ったりする。これにアッシェンバッハはかなり翻弄されている。

 恋愛にウブな野郎の行動をずっと見るこの時間は何だ?と不思議な想いになる。

 

 街中に消毒液が撒かれるという異変を感じ取ったアッシェンバッハは、現地人から真実の情報を聞き出す。疫病が流行って街が封鎖される恐れがあるから早くベニスを出た方が良いと言われても、タッジオを眺めたい思いの強さからアッシェンバッハは出立出来ない。

 死の危険が迫る中でも、美に縛り付けられて動けない。これが芸術の道を歩む者の真実なのか。

 一旦は家に帰ろうとするが、荷物の配送ミスでまた宿に戻ってくることになる。この時のアッシェンバッハが、トラブルのおかげでまだタッジオと一緒にいれると安心して笑っているのも印象的。やはり芸の道を行くものは美の傍にいて落ち着くらしい。

 

 ラストの海岸シーンは美しいもので記憶に残る。

 海を歩いてどんどん遠くなっていくタッジオ。これは画になる。

 それを苦しそうにはぁはぁ言いながら見つめる中、アッシェンバッハは事切れてしまう。なんて悲しい。しかし、最後まで美に魅せられる中で逝けた事は、美の追求者として満足な最後だったのだろう。タイトル通り、オチではしっかりベニスの地で死ぬ。

 

 ざっくりな内容は、おっさんがキレイな少年をずっと付け回すというだけの物。両者の間で言葉を交わすこともなく距離感に変化はない。二人が関係してドラマ性の発展を迎えることもないままに終わる二時間少々の映画。

 こんなのだから見終えてみるとやっぱり不思議な作品だと思えてしまう。だから玄人向けなんだな。これは真に映像好き、コアな作風好きでないと楽しめない代物かもしれない。

 私としては、強めに感じる作品の熱意に触れて感動出来た。総じて言えば悪くない作品だった。

 

 どこを死地に選ぶかは結構大事。

 

 

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