「チャップリンの独裁者」は、1940年に公開されたアメリカ映画。
ポーランド侵攻、ユダヤ人排斥などを行ったヒトラーの独裁政治を底に敷き、チャップリンならではのユーモアな手法でそれらを非難した風刺作品になっている。
テーマに第一次世界大戦を扱いながらも、基本はかなり笑えるコメディ作品としてお届けしている。しかし最後には自由と平和を謳う伝説の演説シーンで締めることで反戦メッセージの強い真面目で素敵な映画になっていた。
チャップリンとヒトラーの繋がりと言えば、学校の社会科のテキストのヒトラー関連のページにこの映画のワンシーンが載っていたことが思い出される。当時はテキストのチャップリンの写真を見て、多くの者がこちらを本物のヒトラーだと勘違いしていたなんてことがあった。
そんな本作を人生で視聴するのは2回目。コロナ自粛を有意義にするため、久しぶりに見たら大変面白かった。
「殺人狂時代」同様、視聴後には色々と考えさせられるものがある。こんなに恐ろしい世界と時代があったのだと想うとゾクリともする。まぁかなり笑わせてもらったけど。
主人公の床屋の男は、砲撃部隊の兵隊として第一次世界大戦に参加していて、最初は戦場のシーンから始まる。ここで登場する長距離砲台の作りが結構手の込んたものになっていて格好良かった。
栓を抜いた手投げ弾が服の中に入って焦ったり、煙の中で間違って敵軍に合流したりする床屋の様がコミカルで面白い。掴みはばっちりだ。
シュルツ隊長と床屋が飛行機で逆さま飛行をするシーンは有名なので覚えていた。逆さま飛行で水筒の水を飲もうとしたら全部下に落ちて全然飲めないシーンなんて思わず笑ってしまう。ここはちょっとした特撮要素もありで好き。アイデアが詰まっている。
燃料が切れて飛行機が墜落するというのに、国に残した嫁のことをべらべらと語って聞かせるシュルツのテンションが面白い。墜落した後にもまだ喋っていたのが面白い。
ヒンケルが民主主義をディスった内容の演説を力強く行うシーンは、内容こそ独裁者の怖いものだが、シーンまるごとで見るとコミカルで面白い。
ヒンケルがスゴイ剣幕で捲し立てるものだから、その勢いに圧倒されてマイクが後ろにしなる演出が見られる。ここなどは一昔前のルーニー・テューンズアニメのようだ。
ヒンケルの指示で演説を聴く者達が一斉に拍手を始めたり止めたりする謎の一体感も笑える。
太った側近をすごく叱るヒンケルの様も面白い。太った男が勲章をゲットしすぎているのも面白い。
ヒンケルの愉快な切れっぷりには毎度笑かされる。他国のトップと協定を結ぶ会談で揉めてしまい、食べ物を使ってコミカルな喧嘩をするのが面白い。
ユダヤ人を迫害する軍人たちが、ユダヤ人の家にペンキで「JEW」と描くシーンが印象的だった。JEWというワードは、ユダヤ人の蔑称として用いられている。これが関係して「恐竜戦隊ジュウレンジャー」の外国版を作る時には「ジュウ」の発音がまずいのでそのままは使えず「パワーレンジャー」になったとか。
コメディ映画ではあるが、ユダヤ人の迫害、ユダヤ人街の生活などはリアルに描いている。
ヒロインの言う「迫害を受けてもこの場所が好き」というセリフは胸に響く。窓からフライパンで軍人の頭を殴って応戦するヒロインが勇ましい。
政府の横暴に打って出る代表を決めるケーキのロシアンルーレットシーンは面白かった。5つの内一つにはコインが入っているという設定だが、皆選ばれたくないからこっそり他人にコインを押し付けたりするセコいやりとりが面白い。
チャップリンが主人公の床屋の男と独裁者ヒンケルを一人二役で演じ、二人がそっくりなために後半で二人が入れ替わるというのが特徴的な仕掛だった。
顔がそっくりの一般人と国の指導者が入れ替わって世界を回すという展開を見て、「∀ガンダム」のキエルとディアナの物語を思い出した。
人種も国境も越えて世界の融和を願う床屋の魂の演説には聴き入ってしまった。ここは映画史に残る伝説のシーンだ。それまでのふざけたシーンがひっくり返る圧巻のパフォーマンスだった。世の政治屋諸君もこれを聞いて見習えば良いと想う。
ヒトラーが死んで何年も経ってこれをやるなら問題ないが、ヒトラーが元気に戦争をしていた時に、このような強めの非難を盛り込んだ映画を作ったチャップリンは、最悪ターミネイトされる覚悟もあったのだろうか。政府から睨まれること必至な突っ込んだ社会派作品をこの時代に作ったクリエイター魂はスゴイ。
風刺作品としても見れるが、なによりもコメディ映画として楽しい。床屋の演説をラジオで聴くヒロインが最後には希望の光を見て終わるシーンも爽やかで良かった。
悲惨な史実に基づいた今作を見ると、日本はいつまでも平和であれと思わずにはいられない。
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