こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

多すぎる秋の新作アニメを前に自分と向き合う

 最近知人からコーヒーをもらいました。

 涼しくなってきたので夏よりは美味しく飲める。さっそく飲もう!となったので作ってた。

 するとビックリ。サラサラしていたのでお湯に溶ける粉タイプのやつかと思ったら、フィルター越しに淹れないといけないゴミが出る面倒なやつだった。普通に裸状態でお湯を注いだら何も溶けていなくてコーヒーの塊が口の中にわんさか入ってきた。

 昔砂場で遊んでいたら砂を食ってしまって口の中がジャリジャリして気持ち悪いとなったことがあるだろう。丁度あの感じですげぇ嫌だった。うがいしてコーヒーのカスを吐く虚しい時間がやってきました。

 油断した。そっちのタイプだったんならそう言ってよ。ていうかゴミが出るこのタイプのコーヒーは後が面倒だな。

 

 そのコーヒーを作った理由は、ゆっくりとアニメを見るお供にするためだった。作るのにちょいと失敗してしまったが、美味しいコーヒーと共にアニメを楽しむしかない。そんな秋です。

 

 10月も3週目か。ここへ来てやはり思う。アニメの数が多すぎる!

 初週でもそう思ったのだから何週目でも同じ感想だ。ヤベェな、次々追加されるじゃねぇか。

 

 実に長いことアニメを見てきた。その中で何度もクールの代わり目の景色を見てきた。その中でこれだけ見るのが多いのはもしかして初かも。いまだかつてない量をさばくクールになりそう。疲れるって。こっちもロボじゃないんだから。

 

 とあるネット記事を見たところ、秋に始まる新作は80くらいあるとか。マジか?

 お仕事をしている人達にこんな事は言いたくないが、さすがにそんだけ作って持ってこられたら「アホか!」って言っていしまいそう。

 といってもネット記事程情報の出どころとして怪しいものもそうそうないからな。大げさな数を言っているのかもしれない。

 このように私がネット記事に寄せる信用はかなり薄い。クラスで一番嘘つきなヤツと同じくらいの信用度しかない。←私にしか分からない指標である。

 

 でもそれくらいあっても不思議無いほど1週間で見ているような。数が多すぎて正確な数は把握していないし、面倒で確認もしたくない。なるたけ多く見たいのだが、こいつはもしや楽しいアニメを見るはずが思わぬ苦行にもなりそう。

 

 前々から想っていはいたが、こうなっては「本当に趣味として楽しめている?」と自問することもあったりなかったり……。どうしてこうなったのだ。もっとゆったりまったり1作を楽しみたい。

 おかずがたくさんの幕の内弁当よりも牛丼、カツ丼みたいに限られた素材だけを味わいたいこともあるじゃないか。今は幕の内弁当をお休みしたいターンかも。ていうか牛丼とカツ丼、めちゃ食いたいなぁ。

 

 前々からあれだけ叫んでいるのに何でこうも数を絞れない?

 この数がある中で放送しても見てもらえないだろうと作り手側も気づかないのか?

 こんだけ楽しのがある中で、誰がMAHO FILM作品を見ると思う?そういうこと考えんのか。まぁ私はMAHOFファンだから見るんだけどね。今期のMAHO FILM作品のおっさんがゲームをやる変なアニメをついで推しておく。

 

 このような状態だと、各社それぞれが見てくれる人がいると想ってアニメを発信しているのが信じ難い。そのくらい同期でやばい数を打ち込んできている。

 数撃ちゃ当たるとは言うが、それもどの銃でどの弾を撃つのかはしっかり検討した方が良い。結局銃や弾がダメなら全部ダメだ。アニメ乱発が酷い1年だったかも。

 

 もしかするとここらがアニメと向き合う限界点なのかもしれない。現れる新作は全部見たい。でもきっとシンドいぞ。

 やりたくはないがいわゆる「視聴切り」行為をしないといけないのかもしれない。

 もうね、一週間で入れる情報量が多すぎて記憶の管理も難しい状態なんだよね。そもそも似ているテーマや絵柄のものもあるから、5日と経たない内にどれがどれやら~となってくる。

 

 こんなにアニメを愛した人間がこういう悩みやストレスに追いやられることもあるのか。じゃあ休め!となれば良いのだが、簡単には引けないぞ!

 私は基本的に見れる物は全部見る。一話目で最終回じゃん!のアニメもあるが、それでも放送期間中は最後まで付き合う。そのポリシーでやっている。いわゆる途中切りをして視聴を止めたことはほぼない。やりたくないからだ。だって可哀想でしょ。

 

 一話目の段階で、もっと言えば番組表に記載されたタイトルを読み終えた段階で切っても問題ない作品だってある。

 見なくて損はない。ないはずなのだが、見ないなんてありえない。愛がそうさせるのだ。

 見ない世界線を選ぶことにすごく抵抗がある。こうなると軽い趣味が重い愛、それを越えた執着にもなっているような。

 

 そもそもの話だが、こんな意味の無いしょうもない記録を書いている間にもHDDに残った分を見た方が良い。でもね、心の声はどこかで発散しなきゃ人は前に進めないのさ。私ほど「人」をやっている生き物もいないから、人らしく何でもやるのさ。

 

 このような想いを家族に話すこともあります。

 私としては最もパーソナルな部分を晒す重いテーマなのだが、家族的には軽く考えるだけのことで「やめれば?ていうかそんなことしてて虚しくならないの?」とあっさり返されて終わりです。 

 そりゃね、たまにならある。そもそもだけどね、見ているこっちだって「こんなアニメ作って虚しくならないのだろうか」と思う時がある。

 アニメを見ている私に対して虚しさを感じる家族、その私はもっと奥にいる作り手に対して同じことを思っている。なんだこれ?

 虚しさが二重構造になっているんだよな。こんな虚しさスパイラルだって世の中のどこかにはきっと存在する。

 

 ともかくこの秋は自分の限界との戦いだ。元気を出せ。

 たかがアニメ、それを推す者の人生どころの話ではない。アニメと私が本気でぶつかる聖戦だ。一体クール終わりには何作完走することになるのか知らないが、おそらくぶったまげる量になりそうだぜ。

 なんだか心と体が熱くなってまいりました。この秋は「暇」の概念が一切出てこない戦いとなるだろう。そういや暇ってどういう感覚なのかもう覚えていないなぁ。そもそも体験したことがあったのかも不明。そのくらいいつも楽しい人間です。

 

 私は今日も明日も本気です。

 負けるなジャパニメーション!それからそれを見るオタクもね!

 

スポンサードリンク