「装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端」は、1994年に発売されたOVA。全5話。
タイトル読みは「かくやくたるいたん」。
赫奕(かくやく)というワードとの出会いは、ここが人生お初。「かくえき」とも読むようで、意味は光り輝くさま、物事が盛んなさま、雄大なさま、だということ。
国語の勉強にもなるシリーズとなった。
テレビ版最終回でキリコとフィアナがコールドスリープに入ってから32年後の世界が描かれる。
運命の男女二人がカプセルから解凍され、新たな物語が動き出す。
気になるテレビ版最終回から後の話なので、それだけでなんだか気になる。視聴意欲が湧くぜ。
戦争の無い世界を目指して。そう願ってカプセルに入った二人だが、解凍された32年後の世界でも、人類は性懲りもなく小競り合いを続けていた。この点は虚しいよな。
コールドスリープからの回復では、まずは意識が戻り、その後に遅れて生理機能が回復する。キリコの回復の過程を見れば、意識は戻っても、しばらくはまるで金縛り状態だということが分かる。
当時はキリコとフィアナくらいが使っていたであろうコールドスリープも、32年も経てば急速に普及して行ったと分かる。
主に戦争で負傷した兵士の体の腐敗に待ったをかけ、処置を後回しにする目的で広く使用されるようになったという。延命処置として体裁を取り繕っているが、実際にはそのまま放置で氷漬けの棺桶にもされているらしい。そんな闇の都合が見える第一話冒頭テロップは印象的。
生きるためでなく、死体処理の効率化にも使えるのがコールドスリープという技術だと分かる。死体は腐ると感染症の元になるというので、とりあえず冷凍というのは理にかなっている。だが、それは道徳的には危ない事なのかもしれない。ロボアニメなのに、医療技術の絡んだ命のやり取りについても深く考えることが出来たぜ。
で、32年ぶりに帰ったきた不屈のソルジャーのキリコは、またまたATに乗って激戦に挑むことになる。
今回の見所は、32年ぶりの主人公復活。新ヒロインにしてキリコの強敵となるテイタニアの存在。マーティアルという宗教結社内に見える小難しい内輪揉めなどなど。
たった5話しかない割には情報量が多く、戦いの規模もそこそこに広くて厄介。集中して見ていないとなんのこっちゃって話になる。
正式にPSではないが、それに変わるネクスタンストという改造人間のテイタニアの存在は印象的。
教会には金髪ロングのかつらを被って来るが、地毛はキリコに似た感じの銀髪ショート。ビジュアルに二面性のあるヒロインだったな。
クールで美しい女ソルジャーのテイタニアを演じたのが松岡洋子だったのは意外。元気な小僧を演じるイメージが強いが、しっかりと女性の役も出来るんだなと分かる。
テイタニアのオヤジが悪いんだよな。我が野望のためなら娘だってコマとして使う。悲哀を背負って戦うテイタニアのヒロイン性も儚げで悪くなかった。
PSのフィアナ同様、ネクスタンストの彼女もまた、本能的にキリコに惹かれていることが分かる。理屈じゃない異端同士の繋がりがここにも見える。この点はファンタジックで興味深い。
物語の全体を取り巻く騒ぎとなるのが、教会とか宗教関係の面倒事。七面倒臭い政治的駆け引きが見える。この揉める感じは嫌いだな~。この手の組織内に見える人間関係の面倒で嫌な点が浮き彫りになっている。
32年ぶりに復活してこんな訳のわからない騒動に巻き込まれるキリコとフィアナが気の毒。キリコやフィアナのような宗教的に異端なる存在が、宗教関係者の抗争にも深く関わることになって行く。キリコ達は宗教的議論にまで上る大人物になったのか。
一番衝撃的だったのは、メインヒロインのフィアナがここで死んでしまうこと。
PSは普通の人間のように長く生きることは出来ない。コールドスリープから解凍したことで、残った少ない命の時間が動き出し、フィアナは逝ってしまう。これはあんまりじゃないか。残ったキリコも可哀想。
報われない命だったPSを描くことは、それはそれでリアルなのかもしれない。だって異端なのだから、通常の人間と同じ価値観や幸福を共有することが出来ないのも全くの不思議ではない。でもなぁ~、可哀想だろうが。
フィアナの死については、ファンからも色々文句があったらしい。まぁ一定数は出てきて仕方ない意見だとは思う。
32年後の世界でもロッチナのオヤジがギリギリ生きているのも記憶に残る。このおっさんまだ生き残っていたのか。
キリコのかつての仲間のゴウト、ココナ、バニラ、シャッコらは登場しない。ゴウトは逝ってしまったかもしれないが、後の者は30年くらい経ってもまだ生きて元気にしているだろう。
そんなわけで、異端には異端独自の悲哀の人生がある。そんな重厚なメッセージ性が見える硬派なロボットアニメだったぜ。
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