こしのり漫遊記

どうも漫遊の民こしのりです。

安息地の地を目指して「聖戦士ダンバイン」その1

聖戦士ダンバイン」は、1983年2月から1984年1月まで放送された全49話のテレビアニメ。

 

 ダンバインを知ったきっかけは「第4次スーパーロボット大戦」にハマったことだった。もちろんスーファミ版のヤツである。ちょっとの振動でも与えようものならすぐに記録が飛ぶので、クリアするまでソフトを本体から抜かないという鋼の意志を持ってコンプまで持っていたのが良い思い出。

 今ならセーブデータはHDDやカードで管理が可能なため、まず飛ぶことがない。昔のように神経質かつ慎重にゲームに向き合わずとも良い楽な時代になったものだ。

 

 このゲームで登場するダンバインの敵キャラがめっちゃ強くて困った。そしてビルバインは頼れる仲間だった。ゆえに思い出深い。

 同じく「第4次スーパーロボット大戦」では、ダンバインの後番組の「重戦機エルガイム」に登場したキャラやロボも目立っていた。このゲームを遊んでこのニ作がとても気になり、最寄りのTSUTAYAに初めてレンタルDVDが入った時には、先にエルガイムを借り、次にダンバインも借りて連続でめっちゃ楽しんだ。妖精が出てくるのこれら二作のロボアニメは秀逸だった。

 

 DVDで見たのが10年以上前のことであり、今回は2017年に発売したBDで視聴した。BDになってからだってもう5年も経つのか。BD版はかなり綺麗になっていて見やすい。これが技術革新か、素晴らしいと思えるものだった。エルガイムはBDが出ていないらしい。こっちも出してくれよ。

 

 人生で二度目の視聴となったダンバインだが、これが改めて素晴らしい。コレを見たならお得な人生、見ずに死んで行くならお得要素を一つ取り漏らした事で損といえよう。

 登場するロボットのオーラーバトラーは昆虫を象ったデザインであり、どれも格好良く美しい。

 人間のキャラ達も多く登場し、各員が交わって展開する人間ドラマも素晴らしい。これだけ人間がいても無駄なキャラがおらず、皆が味わい深い1人になっている。みっちりキャラ性を出すことが可能な一年モノだからこそ叶ったことだろうが、薄っぺらい人間がいないという点にリアル性があると共感でき、好感が持てた。

 

 これはこの時代を生きた人間達の、この時代だからこそ燃やせる職人の熱意によって生まれた奇跡の一作だと思う。もう今の時代だとこうも魂の入った快作は作れないだろう。名作の誕生にもベストなタイミングってものがある。

 こんなに古いのに、ここまでしっかり真面目に作られているともなれば、私の中の懐古主義も育つわけだ。この時代の作品熱は確かに心地よい。

 対して最新のアニメを見れば、諸々の観点から「絶対にコレ、やっつけ仕事だろう……」と疑いの目と感情を向けずにはいられない代物だって少なくない数が上がってきている。

 

 ダンバインを若く多感な時期に人生のお供に出来た者達は幸せだろう。ゆえにミ・フェラリオが語ったとされる例の物語の感想とかを殴り書いて行こう。

聖戦士ダンバイン Blu-ray BOX II (メーカー特典なし)

 

内容

 日本人の青年ショウ・ザマは、お気入りのバイクをかっ飛ばしている最中に急に謎の日本とは異なる謎の世界に放り込まれる。

 

 たどり着いた世界は、海と陸の間にあるといわれる「バイストン・ウェル」。中世ファンタジーぽい謎の世界に「聖戦士」として召喚されたショウは、オーラーバトラーと呼ばれるロボットに乗り込み、流れのままに戦うことになる。

 

 バイストン・ウェルにある各国の政治的問題から、各勢力に別れての戦争が起きる。ショウは、勢力として小規模なニー・ギブンの一行に力添えして平和のために戦う。

 

 戦争はバイストン・ウェルだけの事には留まらず、物語後半では地上に出て、太平洋上空で最後の戦いが展開する。

 

感想

作風について

 サンライズお得意のロボットでの戦闘をメインに据えた濃い人間ドラマが楽しめるものだった。この要素があるだけでとりあえず退屈はない。

 

 特筆する点は、これが昨今流行りの異世界ファンタジーの走りとなっていたこと。物語の最初は日本が舞台となり、主人公のショウの生活が描かれる。が、始まってからマジですぐに異世界に連れて行かれる。説明は後回しで、とにかく異世界にスムーズに移行するのだ。

 この異世界に行くという要素が当時だと斬新で、視聴者にまだまだ馴染みが薄かった。そのためウケとして微妙だったらしい。その都合もあって後半では日本に帰ってラストバトルとなったという。

 

 客のこの反応が今だと信じられない。今だったら逆に「日本だと嫌!」「絶対に異世界で!」と意見するオタクがわんさかいるのだから時代も変わったものだ。それだけに、異世界ファンタジー繁栄のトリガーとなったダンバインは偉大。今だとダンバインの下位互換とも言えるヘタったファンタジーが腐る程増え、オタク文化も多用な変化を迎えたと分かる。このような歴史の変遷を見ても学びになって面白い。

 最近の異世界作品を見ていれば、ダンバインやワタルが如何に優れているのかがよく分かってくる。

 

 まず、とっかかりから不思議だが、作中のキーワードとされる「オーラ」の概念もまた不思議だ。今なら美輪明宏を通過すれば聞き慣れたワードとして親しむことが出来るが。だが当時だと「なにそれ?」な一般に親しみの無かったワードだったそうな。ということを美輪明宏の名前も出した上で、キャスト陣がオーディコメンタリーで語っていた。

 確かに今こそ普通に言っちゃうオーラだが、よくよく考えれば、その内容は一体なんのこっちゃなスピリチュアルな概念だな。美輪明宏はすごいってことだ。

 

 数回聞けば記憶に残る濃い口のワードが「オーラ」だ。地上とバイストン・ウェルを繋ぐゲートを「オーラロード」、戦士各員がロボットバトルにおける能力を高める力を「オーラ力」と呼ぶ。どちらも記憶に残る用語。

 オーラ力で「りき」「りょく」でなくそのまま「ちから」発音なのも意外で、ゆえにもっと記憶に残る。ドラゴンボールで言う所の「気」とも近いのかもしれない。

 これらのワードセンスも良い。

 

 バイストン・ウェルのファンタジー感は不思議なもので、日本ほど文明が発達していない田舎ぽいファンタジー感になっている。そこにショット・ウェポンがロボット技術を持ち込んだことで、なんともミスマッチなロボが飛ぶという景色が完成している。

 すごいロボがいる他にも、森には普通に怪獣がいたり怪植物がいたりとちょっとナウシカ感もある。今思えば結構カオス。

 加えてファンタジーの極みとなったのが、作品の象徴であり、キーパーソンにもなったミ・フェラリオという妖精属の存在。ロボに怪獣に妖精と何でもありだった。チャム、ベル、エルの妖精ヒロインズは可愛かった。

 改めてチャムは可愛い。川村万梨阿の高飛車で性格がややきつそうなギャル声が好き。

 意外にも美人妖精のエルは富沢美智恵が演じていた。クレしんサクラ大戦でちょっと性格きつめのお姉さんを演じてヒットした彼女も、こんなに前から清潔感の塊のような妖精キャストをやっていたのか。

 

 最近の異世界ファンタジーを見れば、「異世界に逃げずに日本でやれ!」とツッコミをいれてしまう事もしばしばある。

 ダンバインは、異世界ファンタジーでも現実世界の存在から逃げていない。異世界に行きっぱなしではなく、ショウが日本に帰ってくる展開も用意された。これも新しく、面白い要素だった。

 なぜ異世界に行って帰ってくるのかという理屈を明らかにしているのが、当たり前のようでいて、最近では珍しい。都合の悪いそこの設定に封をして進行するファンタジーばかりになった今の世で見ると、主人公の帰還があるのはレア。

 

 中盤ではショウのダンバインとガラリアのバストールが衝突することで強いパワーが生まれ、オーラロードが開かれてしまう。そこをくぐって二人だけが地上世界に出てしまう。ここからの展開でかなり舵取りが変わってきたことが印象深い。

 

 異世界から帰還したショウが、当たり前のように現地人として迎え入れられるのかと思えば、そこの都合はまるで違っていた。元は日本人でも、異世界に行ってしまったからにはもうファンタジー世界の異分子扱いになるのだ。ショウは死んだものとされ、ダンバインに乗るショウは、宇宙人が姿をコピーした偽物だと人々は理解する。その結果、両親からも拒否されて銃口を向けられることになる。ショウが可哀想。

 確かに行方不明者がロボに乗って帰還となれば色々と疑ってしまうだろう。しかし露骨に反応が酷く、そして怖い。こういうことも十分考えられるから、異世界に行きっぱなしで帰ってこない話が多いのかな。

 

 ショウの母親は社会的地位を強く気にして、社会的にネタにされるであろう異世界息子の存在を認めない。最終的には子供を見捨てる決断を下す。この思考が社会人としてリアルなのが怖い。

 これに対してショウも親と日本を見限る決断に出る。帰還した後の日本の反応を見ると結構衝撃的だった。

 

 心身共に親と決別するこの流れを見ると、Zガンダムカミーユの家庭を思い出す。あちらの家庭も親はやんわり不倫していたり、仕事が楽しいばかりに家庭を顧みないことで亀裂が入っていた。ショウの家庭もそもそも夫婦仲が上手く行っていない。

 

 ショウと一緒に日本に来たチャムのことはもっと珍しがられ、その後にはチャム的には似ていないと評価されたチャムフィギュアが作られて地上で販売されたという。この点はユニークで笑えた。

 

 異世界に迷い込んだ者の孤独と悲哀も描かれている。ショウがバイストン・ウェルに転移したように、中盤ではバイストン・ウェル人のガラリアが日本に来ることになる。自分が知らない世界、自分を知る者も皆無の世界に1人で来た事により、ガラリアは異世界冒険者が如何に孤独で辛いものかを知る。

 

 生活の勝手も分からないことから、おいはぎのように人から食物を奪って森で1人で食っているガラリアの孤独なシーンを見ればその都合が良く分かる。

 2つある世界のどちらを行き来しても、現地人以外はやはり異分子でお断りされる空気があると分かる。

 ガラリアがバストールで暴れると、一瞬で30万人の地上人が死ぬというショッキングな事も分かった。やはり危険な異分子である。

 能天気な異世界転生願望持ちに対して、ウハウハワクワクするだけがファンタジーではないと厳しく釘を刺したようなメッセージ性が見て取れる。

 

 後半では、聖戦士として召喚されたショウやマーベルも含めたオーラバトラーを操る者達皆がバイストン・ウェルの異物と判断されて地上世界に弾き出される。

 バイストン・ウェルの民は、必要な人材として地上人を自国に召喚した。しかしミ・フェラリオから見ればその召喚は邪魔なことであったため、代表者のジャコバ・アオンの判断により、後半では戦争に関係する人もマシンも異物として世界から排除されることになる。

 異世界の一部は召喚される者を歓迎したが、それは世界の人間の総意ではなく、やはり最終的には異物として弾き出されることになる。ここには妙に納得できる。

 

 ダンバインは、異世界冒険をするというのがメインの要素になった作品であり、その観点から異世界ファンタジーの始祖たる作品にもなった。でも、それと同時に異世界モノに対するアンチテーゼとも取れる妙にリアルな見解を盛り込んだ物語でもあったといえる。

 ぶっ飛んだファンタジーをメインに敷いておきながらも、リアル世界から逃げていない渾身の作りになっていることを私は高く評価する。

 

 今どきのヘタった異世界ファンタジーは、硬派なファンタジーダンバインを見習えと思う。これから異世界ラノベを書こうって人間には、強い教養としてダンバインを見る事を勧める。

 

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