「ボヤ鬼 」は水木しげる作のマンガ。
皆がONE PIECEやNARUTOを読んでいる時、私は水木マンガを読んでいた。まぁ順番は前後しても結局全部読んだのだけどね。
かなり前に叔父がくれた「ボヤ鬼」というマンガが出てきたので(倉庫から)読んでみたぞ。
コミックスの発刊は昭和56年。表題の「ボヤ鬼」は昭和44年「漫画アクション」記載と説明されている。とにかく古い作品だな。
昭和なんて一呼吸もしたことがない昔の世界だから、西暦で示してくれないと一体いつだか分かんない。年数なんて元号で数えることないものなぁ。我々の世代だと年号は軽視されています。
コミックス一冊分に短編が詰まっている。
「ボヤ鬼」
「妖怪原稿」
「どぶ川に死す」
「わが退魔戦記」
「机」
「不思議な手帖」
「吸血藻」
これだけ詰まっている。それぞれ良い具合のショートさで読みやすい。
大小怪奇性があるのは水木漫画なら当然のことだが、ファンタジーの感じが薄く全体的に地味。比較的テンション低めの大人しい怪奇性かな。
表題の「ボヤ鬼」は、冴えない会社員男が冴えない人生についてボヤいたらそれが鬼の姿になって家に住み着きさぁ大変ってな内容である。吐いたボヤきがボヤ鬼になるっていうシャレの効いた怪奇性。
これ以外の収録作品でも思わずボヤいちゃう冴えない人間が出てきたりするから、水木ワールドの中でも割と庶民思考な作風で固められている。時には世相を反映した物を発信するのもクリエイターの良き在り方。
物価高騰がどうのこうのとか上司が駄目で文句を言うなど、こんな大昔からでも今と同じようなことをボヤいていやがる。
主人公がトイレで小便しかしていないのに後で使った上司が「大便がついていたぞ」と文句を言って来て便所掃除をさせられる内容とか理不尽だなと思った。私ならキレるまでは行かずとも酷い目を見させるくらいのことはやるかもしれない。とにかく大人しく従うことは無い。
まぁどの時代を見ても満足がいかない想いで生きる人間は一定数いるってわけね。
つうことは、いつの世でも国の牽引が上手いこと行っていないのか。まぁ車を引っ張っていくあの牽引とはわけが違うものなぁ。国という大きい物を相手取るのは誰にとっても難しいようだ。
にしても2024年現在から見た昨今の物価高騰はえぐいよなぁ。昭和の漫画でも物価高騰がどうのこうの言ってて、今日でも同じ事を言ってる。時代は巡るのか、それとも当時からそんなに変わっていないのか。そんなことも考えさせられる。
ボヤ鬼を読んでいれば世の移り変わりがあるようでないようでな不思議な想いになりました。人がボヤくのは昭和時代から今日まで続く一種の文化っすね。
「わが退魔戦記」にはメスの吸血鬼、「吸血藻」には藻の妖怪がギャルの姿で出てくる。それぞれ人間の男をたぶらかして食い物にする妖艶さありの侵略型妖怪達を扱っている。この2つはちっとは華のある怪奇性がある。
水木の描くギャルは、マイルドなキャラデザの割になんかエロい。どうせ襲撃されて殺られるならせめてイケてるギャルの敵が来る方が良いよねって思った。怖いおっさんよりずっとまし。まぁそこが命を取られる前に求める最後のロマンかな。←我ながらどういう感想?
「どぶ川に死す」は、妖怪も無しで目立った怪奇性もなく、むしろ当時のリアルってな具合。
冴えない若者があちこち仕事先を訪ねても全部駄目でホームレスになり、最後はどぶ川に落ちて死す。そんな男一人が消えても当然世の動きは変わらず、男の知人ですら虫けらが死んだように思うのみでかえりみることをしない。切なく悲しいと思う一方で、ただの人間一人消えても案外そんな淡白な反応で世界はまたいつも通りに動くってのが本当のところだとも言える。
普段考えることがなかったけど、考えてみれば社会的に見る人一人の価値なんてあってないようなものなのかもしれない。世知辛さがリアルな内容。
「妖怪原稿」では、死神みたいな顔色の悪いおっさんが人んちに来て「あの世保険」という新種の保険セールスをしてきやがる。価格は2万円。なんか面白い導入。
セールスマンが宅の奥さんに今の生活に満足しているかと問えば、奥さんは「常に不足しています」と即答。当時の庶民のリアルな声だ。奥さんの文句の言い方が丁寧なところが妙に笑える。
で、その不足をなんとかするために提案されたのが例の新種保険である。
この保険がユニークかつ実用的で笑えるアイデアだった。現世での不幸をあの世ではなんとか補填しようじゃないかってことで、現世で金を払えば来世では幸福を保障してくれるのだ。なんか最近よくある死んだ後はチートしまくりのいかにもニート思考が働いた異世界転生ものに通ずるヒントみたいな要素があるなぁ。水木先生もオモロイことを考える。
温度計みたいに人の幸福数値を計れるアイテムも出てくる。主人公のおっさんは「人並みに幸福だと思う」と言うが、計ると平均以下のマイナス数値だった。これもリアルっぽい。
「不思議な手帖」は、冴えない会社員男が拾った不思議な手帖にまつわる内容になっている。
冴えない中年男を描かせたら一級品の腕を持つのが水木しげるだな。モブ感がすごい。でも建物とか自然などの風景画がとても綺麗。
この手帖のヤバい能力なのだが、これはアレだな。完全にデスノートだな。このネタってデスノートよりもうんと前にあったんだ。この手帖に名前を書かれたヤツは漏れなく死にます。
もう一つ面白いのが、主人公男の会社にいる古参OLの顔がねずみ男で、なんとねずみ女といってねずみ男の妹らしい。ブスい。
でも熟年の色気で主人公男を落としている。やるなぁメスねずみ。まぁそのねずみ女も手帖に名前を書かれて退場してしまうのだが。
「机」もすごく地味だけど味わいのある一本だった。キーアイテムは古くて質の悪い机。
その足を切っていじめた物書きのおっさんは、かつて得た地位から失脚してしまう。机が脚を失って、それをやったおっさんが失脚。シャレが効いた笑えない事件。
逆に机を大事に扱った若者は、後に良い女性と出会い、結婚して幸福になった。
まぁ机は大事にしろってことね。
私がこうして文字を打ち込んでいるパソコンだって大変古い机に乗っかっている。この机は母の代からもある古い物。びっくりな事に私よりも先輩です。何十年と使えているからすごい。大切にしています。
全体的に当時のリアルを反映した社会批判ありな作風だった。水木先生も現役でしっかり生きてるならそりゃ色々考えますわな。全体を通して良い漫画でした。面白かった。
いつの世でも色々とボヤきたいことはあるだろうけど、そこは飲み込んで楽しく行こう。ボヤ鬼が家に住み着いたら大変だからね。
鬼は外って言うけど、ボヤ鬼はいつだって自分の内側にいます。ボヤいて外部に漏らしては自分も他人も危ない。常に内部で飼ってこそ安心な鬼もいるんですねぇ。今日もちょっと賢くなれました。
つうわけで水木先生にありがとう。
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