過去に愛読した「虚無への供物」という名作(であり迷作)の中で、登場人物の会話にガストン・ルルー作の「黄色い部屋の秘密」のタイトル名が出てくる。この作品をヒットさせた作家として記憶していたが、「黄色い部屋の秘密」も「オペラ座の怪人」も読んだことがなかった。
「オペラ座の怪人」といえば数回映画化しているしミュージカルもヒットしている。ミュージカルでは定番のあの曲もヒットしている。それなのに、どういうわけか「そう言えばどんな話か知らない」となり、この秋の夜長を利用して読んでみた。
読んでまず思うことは意外と本が分厚くて話が長い。
内容は、大衆演劇を楽しむ場であるオペラ座に住み着く怪人の謎に迫るもの。
怪人エリック、エリックから歌のレクチャーと寵愛を受けるプリマドンナのクリスティーヌ、その幼馴染で彼女に恋する若き青年ラウール、そして後半のキーマンとなる謎のペルシア人、これらの人物を中心に愛憎織り交ぜたロマンティック劇が展開する。
作品の大筋となる事件内容を取材した新聞記者が、後日談を語るドキュメント形式で物語は進む。史実に基づいた設定もあり、全部がフィクションというわけでもないらしい。
オペラ座に住み着く怪人エリックがとにかく不気味。怪人という触れ込みがある上、音楽家、奇術師、暗殺者、建築家といった様々な方面に対して天才的な能力を有している。登場人物の多くを手玉に取り軽くあしらうエリックには強者であるイメージが付きまとう。
エリックが支配人に対して公演中のボックス席の予約と月2万フランの支払いを要求してくるのは図々しいと思う。
支払い拒否した支配人のポケットから金を抜き取る奇術の解明に迫るシーンは推理小説のようだった。
館内案内を行うジリーおばさんというキャラがコミカルで面白かった。割りとシリアスな本作の空気感を和ませる良いポジションのキャラだった。
エリック、クリスティーヌ、ラウールの三角関係が展開し、エリックは強引にもクリスティーヌをさらってしまう。建築方面にも明るいエリックは、オペラ座の地下を好き勝手にDIYしている。エリックがクリスティーヌを連れて逃げ込んだオペラ座の奈落を潜ってラウールとペルシア人がエリックを追うシーンはまるで冒険小説みたいだった。
怪奇事件を扱うミステリー要素と恋愛要素が打つかり合うドラマティックな展開がなされる。
エリックの悲恋を扱う後半は可哀想になる。天才的才能を持ちながらも醜悪な見た目のため、エリックは顔を隠し、姿を隠す人生を余儀なくされる。そんな中で、恐怖心を抱きながらも自分に優しく接してくれるクリスティーヌに心を救済される。母にすらキスしてもらえない男が、最後にはクリスティーヌのキスをもらえる。恐怖の怪人と恐れられたエリックが、終盤にはペルシア人にこのことを涙ながらに語る。怪人の中の人間性が現れるラストは良い。
何でも出来るからまるで化け物のように思いがちだが、エリックは正真正銘人間だというのがポイント。
愛を知らない男が最後には女性の愛情に触れたことで救いを得るという切なく悲しいお話だった。
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